美しくも警戒心の強いオシドリ

その姿形が「まるで置き物のよう」とも形容されるのがオシドリである。羽の配色の奇抜さは大自然が創り出した装飾の妙。初めてこの鳥を目撃した時の衝撃は、おそらく誰にとっても言葉で言い表せないものだろう。
ちなみにオシドリの英名はmandarin duckと言う。mandarinとは中国清朝の高級官僚を指し、その正装の色がオシドリの銀杏羽(いちょうばね)のオレンジ色などと似ていたことから命名されたとされる。
オシドリは渡り鳥の分類では冬鳥、もしくは漂鳥に該当する。漂鳥というのは季節によって生息の場所を変える鳥のこと。オシドリは普通、夏は冷涼な山地などで繁殖し、冬は温暖な地方や平地に移動して過ごす。関東圏周辺では栃木県の奥日光や長野県の上高地、他に北海道の札幌市内の公園などで繁殖することがよく知られている。
万葉の古語「をし」に由来するオシドリの名だが、これは「いとおしい(いと愛しい)」の「愛し」(おし)を意味する言葉である。仲睦まじく何年も寄り添う夫婦を形容した「おしどり夫婦」という言葉がよく知られるが、繁殖期の派手な姿のオスと地味な色合いのメスが一緒にいる様子がつがい(夫婦)として分かりやすい姿だったため、古くから人々の心に刻まれたイメージということなのだろう。
リアルなオシドリ夫婦とは?

人間の勝手なイメージとは異なり、実際は野鳥界においてオシドリが特にオスメスの結びつきが強いということはなく、むしろ普通に毎年パートナーを変えるという。オスはメスに卵を産ませた後に去ってしまい、子育てはメスだけが行なうのだ。おしどり夫婦という言葉は一面的なイメージだけを捉えたもので「実態」は真逆であることを覚えておきたい。
さて、私が暮らす多摩ニュータウンにあるこの公園には、例年10月〜11月に10羽前後のオシドリが飛来し、数日間滞在する。オシドリは園内に4つある池のうちいちばん観察しづらい奥の池に滞在することがほとんど。警戒心が強いことで知られ、遠くに人の姿が見えただけで池の「死角」に移動してしまう。
都心で観察できる場所としては冬の新宿御苑が有名だが、やはり園内の池の端で木々の葉に遮られた一角からオシドリの群れが姿を現すのは、もっぱら閉園を知らせるアナウンスが流れてから。オシドリはひときわ警戒心の強い鳥なのである。
怪我をしたオシドリにツクオ君と命名

12月に公園に残っていたオシドリは怪我をしたと思われるオス1羽。他のオシドリは、やはり例年のようにいなくなっていた。ひと冬をずっと過ごすには、公園の池は何かが足りないのだろう。
さて、そのオスは、よく観察すると左の翼の羽の一部が欠損しているように見えた。怪我は翼全体にかなりのダメージを与えているようだった。じっとしていると左側だけ少し痙攣もしている。羽ばたきの様子から判断して飛ぶ力を失くしてしまったのではないかと思われた。率直に言って長くは生きられないのでは、とも。
だが、年が明けてもオシドリは池にいた。やはり彼は飛べなくなっていたのだ。この怪我の傷は公園に生息しているイタチにやられたものではないかと推測している。水辺近くにいて襲われて、ギリギリのところで逃げおおせたのではないかと。もし、オオタカなどの猛禽類に襲われたのであれば首をやられて生き延びてはいなかっただろうと想像する。


私は奇跡のオシドリにツクオ君と名付けた。彼の生活の場である池の名前の築池(つくいけ)に因む命名である。
ツクオ君の今後についてまず心配したのは、十分な餌を食べていけるだろうかということ。オシドリがドングリを食べることは分かっていた。別の公園の池で、潜水して底のドングリを次々と飲み込む場面を見ていたからだ。なので、余計なお世話と思いつつもシラカシのドングリなどを拾ってきて池の岸辺に投げておいた。池の周囲には、ドングリを実らせる木がそれほど多くないことが気になっていたからだ。ただ、そんな心配をよそに、ツクオ君はその後も元気に過ごしているようだった。


季節は進み4月になった。多い時は10数羽いたトモエガモも北へ去り、マガモやキンクロハジロも姿を消して、池の鳥仲間はカルガモだけという寂しい状況に。しかし、池の周りの木々がどんどん芽吹き、草花も咲き始め、ツクオ君の背景に鮮やかなグリーンが映り込むようになり、ファインダーの中はまさに「映える」世界が日常になった。新緑を背景に美しい野生のオシドリを撮影できるなんて。東京では、例年ならまずあり得ない風景を目撃していることは確かだった。
少しずつ地味な羽色に変身

冬の間は公園の名物にもなっているトモエガモと仲良くしていた感じのツクオ君だが、ひとりになってもマイペースで過ごしているようだった。4月の下旬の早朝、池にカイツブリが姿を見せたのだが、きちんと挨拶?をしていたし、止まり木の倒木上でもカルガモや外来種のアカミミガメと「棲み分け」ができているようだった。
6月、ツクオ君の「繁殖羽」の異変に気付いた。いわゆる冬羽から夏羽、あるいは繁殖羽から非繁殖羽への換羽が始まったのだ。その第一弾としてオシドリのシンボルマークの一つである銀杏羽(いちょうばね)が抜け落ちていたのである。銀杏羽とは翼の付け根にあるオレンジ色の羽。左右で対に伸びたまさに銀杏の葉のような形で、これも翼を構成する風切羽の一つだ。ちなみに、池のどこかにこの銀杏羽が落ちていないか探したが残念ながら見つけることはできなかった。

ところで、なぜこの時期に換羽があるのだろうか。それは繁殖活動の時期が終わったからである。カモ類の冬羽のことを繁殖羽と呼ぶことはすでに説明した通り。彼らは秋から冬の間に繁殖のペアが成立する。オスは色彩豊かな羽でメスに自分の存在をアピールするのだ。そうしてカモ類は越冬地の日本などで相手を見つけてペアになり、春にユーラシア大陸の東部や東日本の山地、高緯度地方などの繁殖地に渡っていく。ペアが成立すれば派手な繁殖羽は必要なくなる。目立つ羽は天敵の猛禽類などに襲われる要因にもなるから、このタイミングで地味な非繁殖羽に換羽するのである。
オスの非繁殖羽の状態はエクリプスとも呼ばれる。エクリプスとは月食や日食を表す単語で、「覆い隠す」「輝きや力を失う」といった意味で用いられることもある。魅力を失った漢、ということだ。言い得て妙である。あくまで外見上のことではあるが。
ツクオ君の衣替えは6月20日を過ぎると一気に進んだ。目立つところでは、特徴的な頭部の緑色や赤系のカラフルな羽や頬から首のオレンジ色の飾りのような羽が抜けてきた。オシドリのオスは主に頭部の派手な色彩の印象が強いので、そこが失われエクリプスの状態に変身すると、正直言って見すぼらしい雰囲気である。本人はどう思っているのか聞きたいところではある。

そして月が変わって7月1日、池の奥にある田んぼで散歩をしていた私は水辺に不意に現れたメスのオシドリに驚いた。と、最初は本当にそう思ったのだが、よく見ると嘴が赤いではないか。そう、誰あろうツクオ君だったのである。写真を見てもらえばこの思い違いも信じてもらえることと思う。ツクオ君を見慣れていた野鳥好きの私でもこの有様だから、エクリプスへの衣替えの効果大というところだろう。

風切羽がごっそり抜けた!

7月20日を過ぎ、ツクオ君の非繁殖羽(エクリプス)への衣替えはほぼ完了したようだった。そして8月に入るとすぐ、今度はツクオ君の風切羽がごっそり抜けていたことに気付いた。羽ばたきの瞬間を撮影した写真を見ると、翼の風切羽のところが短く、筆のようになっていた。鳥を飼ったことがある方なら分かると思うが、新しい羽が生えてくる時は細い「鞘」からちょうど水彩画の筆のように羽が伸びてくる。まさにあの状態だったのだ。
この時期のカモ類の風切羽の換羽は、他の鳥と大きく異なることをご存知だろうか。この換羽の時期は飛ぶことができなくなってしまうのである。その2週間ほどの間、カモ類は天敵に襲われないようひっそりと暮らしているという。時間をかけて少しづつ換羽が進む他の鳥と比べて、その期間を短縮できるメリットがあるとされている。最近、カルガモの姿を見かけない理由が分かった。


ツクオ君を通じてオシドリに関することはもちろん、カモ類の換羽にまつわる様々なことを生きた教材の如く日々学んで、いや楽しませてもらっている。換羽だけでなく、昆虫を食べることや木に登るための爪を持つことなど図鑑ではわからないことばかりだ。引き続き、この後に控えている繁殖羽への換羽も見守っていきたい。そのためには、まずは日々のツクオ君の暮らしが平穏であること祈らねばならない。




