
頭はこいぬ座から、しっぽはさそり座まで。5月の夜空には全天一長い、大きいうみへび座がうねうねと。(画像:ステラナビゲータ/アストロアーツ)
さわやかな五月晴れの夜は、星を探すのもうってつけ。この季節は南の空に全天一大きな星座が昇ってきます。「うみへび座」です。その不思議に迫ってみます。
全天一長くて大きい「うみへび座」の謎
「うみへび座」は東西に長〜い星座です。頭のほうは、冬の星座のこいぬ座の1等星プロキオンの方を向き、頭のすぐ上にかに座があります。そこからしし座の南、おとめ座の南をうねうねとつづき、尾は夏の星座であるさそり座のハサミに挟まれそうになってます。
冬の終わりから現われ、夏の夜まで。その長さ100度に達し、すべてが昇りきるのに6時間かかります。全天に88ある星座の中で最大の領域を有します。
しかし、それだけの大星座でありながら、明るい星がないために、あまり知られていませんね。目印になるのはアルファ星の2等星アルファルド。

うみへび座の目印は、首(?)のあたりにある2等星のアルファルド。(画像:ステラナビゲータ/アストロアーツ)
しかも、由来はよくわからない不思議な星座です。歴史は古く、古代バビロニアの時代、紀元前1000年以前から記録が残る由緒ある星座です。その頃は単に「へび」という意味の名前で呼ばれていたようです。
ギリシア神話では、9つの頭を持った「ヒドラ」として登場します。八岐大蛇(やまたのおろち)のようなおそろしげな姿ですが、英雄ヘルクレスに退治されてしまう運命です。
「ヒドラ」はラテン語で「水辺に生息するへび」という意味がありますが、それにしても「うみへび」とはまったく別物です。なぜ海蛇なのか。欧米では現在でもそのまま「ヒドラ(Hydra)」と名づけられており、「うみへび座」と呼んでいるのは日本だけです。
南半球に、11月頃に見える「みずへび座(Hydrus)」という星座があります。こちらは16〜17世紀に作られた新しい星座です。明治時代に西洋の星座を和訳する際、2つの星座を区別するために出た案の一つが「うみへび座」と「みずへび座」という訳語で、これが定着してしまったようです。
しかし日本からは「みずへび座」は見えませんし、先述のとおり「うみへび座」のほうがはるか昔から存在しているので違和感があります。また、うみへびとみずへびの区別のほうがずっと難しいように思います。
紀元前の天の赤道がうみへび座になった?
なぜこれほど長いのかも不明です。明るい星がないので目立たちませんが、長すぎます。こちらも謎のままですが、一説に、紀元前5000年ほど前の、天の赤道上の星をつなげて作られた星座ではないか、と言われています。
天の赤道とは、北極星の方向が天の北極、その反対を天の南極とした天球上の赤道にあたるものです。地球の自転軸は公転面に対して23.4度傾いていることから、コマの首振り運動のように自転軸の方向が年々少しずつ変わります。これを「歳差運動」といいますが、2万6000年で一周するのです。
昔は方角を確かめるために星の配置が大きな役目を果たしていました。天の赤道の目印になるような長〜い星座が必要だったのではないか。という見立てなのですが、やはりちょっと強引な気がしますね。
うみへび座の上に立派なコップの謎
うみへび座には、これもまたツッコミ甲斐のある星座が背中にのっかっています。コップ座です。

うみへび座の背にむりやり置かれたコップ座。隣には、うみへびの背をつつくからす座。こちらの台形のほうが見つけやすい。(画像:ステラナビゲータ/アストロアーツ)
上の図のように、これはどう見ても「コップ」なんてチャチなものではなく、柄付きの立派な盃です。こちらはうみへび座ほど古くないものの、古代ギリシアの時代から存在する歴史ある星座です。
欧米では、この星座はラテン語で器や盃を意味する「クレーター(Crater)」と呼ばれています。月のクレーターを思い出しますが、まさしく同じ語源で、クレーターは凹んだもの、器という意味合いがあります。クレーターを素直に訳せば「盃」になるはずが、なぜ日本だけ「コップ」になってしまったのか?
5月の南の空。あまり目立つ星はありませんが、そこには東西にうねうねと続くうみへび座と、そのぬめぬめしていていそうな背にコップ座が鎮座しています。ぜひ想像力を駆使して、うみへびとコップのストーリーを想像してみてください。
構成/佐藤恵菜
