空のブルーグレーと黄土色の土に短く生えた草の緑が永遠に続くチベットの高原地帯。グルとその妻ルクドル、娘のヤンチェン・ラモは少しの農業と牧畜とで暮らしている。
春のはじめ、グルの父が体調を崩すも、父親への複雑な思いを抱えたグルは素直にお見舞いへ行くことが出来ない。
6歳になっても乳離れの出来ないヤンチェン・ラモは、母親が新たに身ごもったことを知ってヘソを曲げる。夏、そんな彼女が母親代わりになって育てた羊のジャチャが姿を消す……。
チベット人の監督が放牧地での暮らしを知る素人ばかりを起用して撮り上げた人間ドラマ。母親の妊娠に小さな胸を不安で揺らす少女、そんな娘を優しく見守る父、その父自身が抱える親との間にある、ぬぐいがたい葛藤――雄大なチベットの自然を背景に、ある家族の普遍的な物語を静かに丹念に描き出す。
ゆっくりと移り変わる季節、突然に降り出す雨。地平線の果てまで隣家の影も見えず、ただただドカン! と広がる草原の只中にテントを建て、放畜や農業をやりながら日々を営む姿が淡々と映し出される。
監督が自身の故郷で撮影したせいかそこには本物の〝チベット時間”が流れ、いつかの映画やドキュメンタリーで目にした牧畜民の生活を改めて体感した気になる。
水色のカーディガンにえんじ色の民族衣装と少女の重ね着はかなり着古したものではあるが色合わせが新鮮で単調な風景の中で際立っていて絵になるし、お父さんがバイクに乗って羊を追う姿を見るとバイクが馬のように見えたりする。
そこに暮らす人にとってはなんてことない日常の風景が、しみじみと味わうに足る映像となって心に残る。
そして主人公の少女を演じたヤンチェン・ラモ(=役名と同じ)から目が離せない。すねて唇を尖らせた顔、大きな衝撃を受け、あとで大きな悲しみとして消化されるはずの激しい恐怖が凍り付いた表情と、つくりものの演技を超えて観客を惹きつける強い力は、上海国際映画祭で最優秀女優賞を史上最年少で受賞したのも納得する。
父親はバイクにまたがり、「馬に乗るなら生きてるうち、死んだら駆ける場所もない」と口ずさむ。これもまたごくシンプルな言葉だが、この映画の中で流れると特別な余韻をもたらす極上の詩となる。
『草原の河』(ムヴィオラ)
●監督・脚本:ソンタルジャ ●出演:ヤンチェン・ラモ、ルンゼン・ドルマ、グル・ツェテンほか
●4月29日~岩波ホールほか
(C)GARUDA FILM
◎文=浅見祥子