暖かくなり海辺で感じる潮風が心地よい季節になってきました。
港で出港の作業をしていると、イカを釣ろうと釣竿を振る釣り人も目にするようになりました。
前回、世界一小さなイカ“ヒメイカ”の話を書かせていただきましたが、今回は皆さんも食べた事があるかもしれないアオリイカの話です。
歯応えのある甘い刺身や煮物が美味しく、釣りの駆け引きを楽しめます。

全長15cm程。水深2mに浮遊しているアオリイカの若い個体。
九州地方では“ミズイカ”とも呼ばれ、体が水のように透き通り海中で観察すると、とっても美しいです。
アオリイカの若い個体は水面近くで群れになっているのを良く見かけます。大きくなると全長1m、重さ3kg程のアオリイカも見られます。
今回は鹿児島本土、南西に位置する南さつまの海を舞台にアオリイカの話をお送りします。
※アオリイカの種類は産卵場所の違いで3種類に分かれており、鹿児島で見られるタイプは浅場で産卵するシロイカタイプが多いです。深場へ産卵にきているアオリイカは大型のアカイカタイプの可能性もあります。
南さつまの海では4月~7月にかけてアオリイカの産卵行動が見られます。

左奥は神ノ島、右は立羽島、奥の山並みには九州百名山の金峰山が見られます。
小さな無人島が点在し、穏やかな海上、豊かな自然が広がります。

春の海はプランクトンも多く、海中の透明度は8~10mで少し薄暗いです。
大きな根にはアカヤギというサンゴの仲間が群生しています。
全国で見られているアオリイカの産卵は海藻や人工的に入れた産卵漁礁に卵を産み付けますが、このアカヤギにアオリイカが卵を産み付ける、全国的にも珍しい産卵場所です。
アオリイカは産卵場所を探しながら、崖のような傾斜をおりていきます。
戦いの始まり

アカヤギの群生地にはキビナゴの群れも回遊し、キビナゴを追ってブリなど大きな回遊魚も見られます。
産卵期になるとアオリイカは産卵を繰り返します。卵を確認し、なるべく新しい卵のエリアの近くでじっと待っているとアオリイカが次々にアカヤギの群生地へ向かってきました。

写真上の小さな個体がメス(全長40cm程)、その直ぐ下にメスを守るオス(全長1m程)です
観察していると、オスとメスのペアと、相手のメスがいないオスが集まってきました。
ペアのオスは、他のオスにメスを奪われないように守りながら泳ぎます。

アカヤギの根元へ卵を産み付けるメス。白色の卵が見えます
オスの護衛は力強く、ヒレを大きく広げ頼もしく見えます。
オスに守られているメスは周りを気にしながら、ゆっくりアカヤギに卵を産み付け始めました。

産卵場に集まるアオリイカ。写真上、メスを奪おうと争うアオリイカのオス達。写真右下、目を盗んで産卵するアオリイカのメス。
気が付くと、周りはアオリイカだらけです。
ペアは産卵を目指し、メスのいないオスは、メスを奪おうと争いが繰り広げられます。
海のギャングが登場

凶暴な海のギャングと言われるウツボ。
アオリイカの産卵行動が活発になると、待っていたかのようにウツボが近付いてきました。

アオリイカの卵に隠れるウツボ。卵がヘアースタイルのようで可愛いです。
アオリイカはウツボの好物。賢いウツボは産卵で海底に近づくアオリイカを襲おうと企んでいます。

背後からアオリイカの群れが近づいてくることに気付いたウツボ。
ウツボはじっとアカヤギの群生に隠れアオリイカの動きを見ながら待ちます。

逃げる時もメスを守ります。よく見ると傷のあるオス。周りに捕食対象のキビナゴが群れていても、メスを守っている時は互いに捕食する様子は見られなかったです。
その時です!
ペアは危険なウツボに気付き、ジェット噴射のように水を吐き出し後方へ泳ぎ去っていきました。気付かず産卵中に捕食されてしまうところでした。
このように産卵は常に危険を隣り合わせなのです。
その後、観察を続けているとアオリイカは産卵場所のエリアを少しずつ沖の方へ変えているようでした。
新しい命

逆光で見ると透けて見えるアオリイカの卵。
数週間後、アオリイカの産卵場を見に行きました。
そこにはアオリイカ達の姿はなく、静かで穏やかな世界が広がっていました。
アカヤギに産み付けられた卵の中には、小さなイカの形をした新しい命が見られました。
今回の1枚

浜に接岸する赤潮 南さつま市笠沙町 2021年3月撮影。
冬~春へ水温が上がりアオリイカの繁殖期が始まる頃、日差しが強く晴れた日が続くとプランクトンが増え赤潮が発生し、いつも見ている青い海が真っ赤に染まります。
海で見られる春の風物詩です。
撮影協力: ダイビングショップSB