今回は、隅田川と旧中川を結ぶ竪川沿いを散策する「堅川イーストGREEN WAY」です。
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49th ルート:堅川イーストGREEN WAY
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個人的に好きなこともあって、この連載では川そのものや水路を被った暗渠をたびたび紹介しています。FILE.43〜FILE.44では、隅田川と旧中川を結ぶ北十間川沿いを歩きました。
その北十間川の南側には、首都高速7号小松川線が走っています。地図を見ていたら、首都高速7号小松川線が青く縁取られているようなエリアがありました。高速道路の下を川や運河が流れているのでしょうか。同じような場所は他にいくつもありますが、一度目にしたら気になって仕方がありません。
ただ地図を見ていてもらちが明かないので、実際に歩いて確かめてみることにしました。ということで、今回は「堅川イーストGREEN WAY」です。
今回のターミナス(=トレイルのアクセスポイント)は、都営新宿線東大島駅。駅から出て振り返ると、駅舎がかなり高い場所にあることが分かりました。銀座線の渋谷駅など、地下鉄の駅舎やホームが地上にある例はそこまで珍しくありません。それにしても…と気になったので調べてみました。
なんと、東大島駅があるのは旧中川の真上でした。しかも、近隣には荒川や中川もあり、古くから水害が多いエリアだったとか。そうしたことから、中川の水面から約12mの位置に高架駅がつくられたそうです。どうせなら、もう少し安全な場所に駅舎をつくったほうが良かった気もしますが、何か事情があったのでしょうか…。

旧中川の真上に立つ東大島駅は、川の両岸に出口があります。東側の大島口(江東区)と、西側の小松川口(江戸川区)です。今回は大島口から歩き始めます。
しばらく行くと、旧中川の河川敷に大島小松川公園がありました。ここまででも大島と小松川という2つの地名が錯綜していて混乱しかけますが、細かいことは気にせず園内に歩を進めます。
大島小松川公園
防災市街地再開発事業によって1997年に開園した大島小松川公園。約25万平方メートルの広々とした園内にはスポーツ施設やバーベキュー広場などがありますが、災害時には20万人を受け入れられる防災拠点になるとか。公園そのものがかさ上げされたような構造になっていて、入り口には急な階段があるのも、東大島駅と同じく水害対策なんですね。

冒頭で、首都高速7号小松川線の下を水路らしきものが流れているのを地図で見つけた、と記しました。その高速道路下の水路の正体をもったいぶらずに書くと、堅川(たてかわ)です。そして、大島小松川公園の北端に、虹の大橋があります。この橋のたもと付近が、竪川と旧中川との合流点なのです。
…といったことを、歩く前の「予習」で把握していました。そこで、気持ちの良い川風を浴びながら公園の園路を進み、虹の大橋に向かいました。が、合流点付近に着いても、特に看板や案内はありません。予習していなければ、僕も素通りするところでした。僕以外に竪川に興味を持っている人はいないのでしょうか(もちろん、いるはず)。

虹の大橋の少し北には、逆井(さかい)橋がかかっています。その橋のたもとに「逆井の渡し跡」という立派な碑がありました。
逆井の渡し
かつて、旧中川には「平井の渡し」「逆井の渡し」「中川の渡し」と3つの渡船場があったそうです。歌川広重の『名所江戸百景』にも描かれるほど、知られた場所だったとか。それらの渡し船は、1879年(明治12年)に逆井橋がかかったのを機に廃止されたそうです。


堅川は、旧中川からほぼ真っすぐ西に伸びて、両国付近で隅田川と合流します。そのほぼ真上を、首都高速7号小松川線が通っているのです。ただし、竪川は旧中川との合流点からしばらくは暗渠になっているので、上空の首都高速を目印に歩を進めていきます。
僕は以前、都内の低山をめぐる連載をしていましたが、逆井橋から少し歩くと亀戸の富士塚(亀戸浅間神社)があります。ひさしぶりに「富士登山」を楽しもうかと思いましたが、今回は先を急ぎます。
この日は小雨が降っていたのですが、ちょうど首都高速の高架がアーケード代わりになってくれました。時おり、暗渠が開けて水路が見えたり、小さな公園になっていたりします。さすがにGoogleマップでも首都高速の高架下の状況までは分かりませんでした。一般的に高架下は素っ気ない雰囲気ですが、竪川(暗渠)沿いはそこそこ変化に富んでいます。やはり、実際に足を運んで歩いてみないと分からないことって多いですね。

さらに高架下を西進していくと、古い護岸が残されていました。暗渠になる前は、護岸による水害対策が行われていたのかもしれません。ここも興味を持って歩いていないと素通りしてしまいそうですが、竪川の歴史をうかがい知る大事な遺構だと思います。

旧中川との合流点から20分ほど歩くと、昭和橋に着きます。その少し北側に、亀戸平岩公園と平岩稲荷神社があります。
平岩稲荷神社
ここは、徳川家康の家臣であった平岩家が居を構えていた場所。6代目の死後、1941年(昭和16年)に広大な敷地の一部(約340坪)が寄付され、公園となったそうです。稲荷神社は、平岩家の屋敷の庭にもともとあったものだとか。

平岩稲荷神社から少し西に行くと、竪川と交差するように南北に細長く伸びる亀戸緑道公園があります。細長い緑道ということは、ここも水路跡か…と早合点しかけましたが違いました。
亀戸緑道公園
かつて亀戸駅から現在の東陽町駅付近まで、都電砂町線という路面電車が走っていました。この連載で都電荒川線沿線を歩いたときにふれたように、都内の路面電車は交通渋滞の解消などを目的に1970年代までに次々と廃止になり、都電砂町線も役目を終えました。
その軌道跡のうち、亀戸駅東口から竪川(首都高速7号小松川線)の手前までの300m弱を整備したのが亀戸緑道公園です。ちなみに、竪川の南側にも同様に軌道後を整備した公園が点在しています。
公園の南端、竪川のそばには、竪川専用橋と竪川人道橋の案内板がありました。竪川専用橋とは、路面電車のために架設された橋のこと。都電砂町線の廃止後、橋は歩行者専用に改修され「竪川人道橋」となります。その後、竪川そのものが暗渠になり、橋も姿を消しました。

なお、亀戸付近は歌人の伊藤左千夫ゆかりの地として知られています。伊藤左千夫は正岡子規に師事し、アララギ派の中心人物をして活躍しましたが、晩年を亀戸で過ごしています。伊藤左千夫は亀戸の普門院というお寺に眠っていますが、亀戸緑道公園から竪川を挟んだ南側にある都立城東高校の敷地などにも歌碑があります。

さて、旧中川との合流点から歩き始めた竪川沿い散策ですが、今回はここまで。まだ竪川の半分も歩いていないのですが、残りは次回以降の持ち越しとします。
今回歩いた竪川は大半が暗渠でしたが、それでも歴史的な痕跡などが多々あって、十分に楽しめました。やっぱり、川沿い(暗渠)トレイルは面白い!ですね。ところで、僕以外に竪川に興味を持っている人はいないのでしょうか(もちろん、いるはず)。
■今回歩いたルートのデータ
|距離約2.6km
|累積標高差約30m
今回のコースを歩いた様子は動画でもご覧いただけます。
●堅川イーストGREEN WAY





