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【ホーボージュンのサスライギアエッセイ・旅する道具学】第15話「タクティカル炊飯」
クッカー「GRIT × tent-Mark DESIGN / Tactical Rice Cooker Set」

焚き火の炎が、森の底で静かにくすぶっていた。湿り気を含んだ薪が時おり小さく爆ぜ、オレンジ色の火花が夜気を裂く。
すっかり風も止み、沢の水音がすぐ耳元に聞こえていた。そしてそれに重なるようにグーグーと腹の虫も鳴いている。
さて、メシを炊くか。
僕は黒く煤けた愛用の炊飯鍋に沢の水を注ぎ、そこにシェラカップ2杯分の米を沈めると、腕まくりをして手を差し入れた。
ギュッ、ギュッ……。
掌で包み込むようにして米を研ぐ。力を込めるたびに白い濁りが水の中に広がり、たちまち透明を奪い去っていく。
ギュッ、ギュッ……。
研ぎ汁を捨て、新しい水を注ぐ。それを何度か繰り返すうち、だんだん米の感触が変わってきた。最初はざらついていた米が次第に丸まり、掌の動きに柔らかく従うようになるのだ。
こうして米を研ぎ終えると、僕は目盛りまで水を満たし、30分間浸水させた。炊飯の第1歩はこの浸水作業だ。けっしてここで焦ってはならない。
焚き火の前に戻ると、炎はまだ若く荒々しかった。薪を組み直し、風の流れを整える。火が強すぎれば米は焦げ、弱すぎれば芯が残る。炊飯成功への2歩目は焚き火の呼吸を読むことだ。僕は目を細めてその揺らぎを見つめ、小枝を一本差し入れて炎の勢いをわずかに変えた。そして薪の上に五徳を渡すと、そこに鍋をのせた。赤い舌が鍋底を舐めるように立ち上がる。
しばらくすると、カタカタと鍋が鳴りはじめ、蓋の隙間から白い泡が噴き出してきた。ふくよかな香りが鼻をくすぐる。そろそろだ。僕は薪を一本抜き、灰を寄せ、炎の勢いを抑えた。ここで気を抜けばすべてが台無しになる。野獣を手懐けるように慎重に、慎重に……。すると炎は穏やかに呼吸を整え、鍋音が静かな低音へと変わっていく。そして中から、ぷつぷつと小さな音が聞こえてきた。米たちが湯の中でダンスを始めたのだ。
よしよし。安心した僕は地面に腰を下ろすと、スキットルのウイスキーを呷った。腹ペコの胃袋にウイスキーが焼け付き、思わず空に吐息を吐く。茜色の空にそれが妙に馴染んでいる。
やがて鍋の音が止まり、香ばしい香りがあたりにただよい始めると、僕は鍋ににじり寄り、頃合いをみて火からはずした。そのままバンダナで包んでしっかりと蒸らす。その15分間がやたらと長い。だがここで焦って蓋を開けると敗北に直結する。メシ粒一粒一粒の膨らみを信じてじっと待つのだ。
蒸らし終えた鍋の蓋をゆっくり開ける。湯気が顔を包み込み、視界が白く曇る。炊けていた。カニ穴も完ぺきだ。白く輝くメシ粒が、押し寄せる闇を押し返すように光っている。
箸ですくい、口に運ぶ。うまい! 死ぬほどうまい……! やっぱ俺、天才だわ。それとこの鍋、最高だわ。焚き火と炊きたての白いメシ。今夜はもうそれだけで十分だった。
*
野宿の最大の楽しみはいうまでもなくメシである。だから炊飯の失敗は許されない。これまで何度、焦げメシや根っ子メシに泣いたことか。だから僕は炊飯は徹底的に「戦略的」に行なう。段取りと手順を重んじ、観察と予測を怠らず、失敗につながる因子を徹底的に排除する。もちろん道具も炊飯に特化したモノを使う。そして毎回なるべく同じ道具を使い、成功の精度を上げる。それがこの「タクティカルライスクッカー」だ。
これは海旅仲間の“玄海灘男”こと松本テツが戦略的炊飯のために開発したセットである。
灘男はシーカヤックを使ったキャンプツアーを催行するプロガイド。無人島や秘境への旅が多く、米や真水が貴重な環境で炊飯技術を磨き上げてきた。
メインとなる炊飯鍋は容量1.8Lで最大3合の米が炊ける。鍋の縁には1.5cmほどの段差が設けてあるが、これは強火でフタが鍋の上で踊ってしまっても中身が噴きこぼれない工夫。いわゆる「文化鍋」と同じ形状だ。
本体の素材は厚手のアルミで熱伝導率が非常に高く、中で米がよく踊る。外側にはブラックコーティングを施し、焚き火の煤や焼けが気にならない。そして、内側にはフッ素コーティングを施し焦げ付きにくい。また頑丈なツルを備え、吊り下げての調理も簡単にできる。
秀逸なのは内面に炊飯目盛りが刻印されていることで、米量だけでなくそれに応じた水量も一目瞭然。野外では指先の勘に頼る場面が多いからこそ、こうした「基準」が必要なのだ。
この炊飯鍋に組み合わせる小鍋やフライパン、水切りザルも非常に実用的にできていて、スタッキングも完ぺき。これで作れないものはほとんどない。
僕は焚き火がメインとなる野宿、つまりシーカヤックの遠征や川下り、オートバイやオートキャンプには100%このセットを持っていく。それぐらい焚き火と生米との相性がいい。
僕は優れた道具の共通点は「目的の特化」だと思っている。一般のキャンプ用クッカーセットが収納性やら多用途性やらをあれこれ喧伝するなか「もし今夜この世界が滅びたとしても、メシ炊きだけは失敗しないぜ」という確固たる目的を持ったこのセットは、僕ら戦略的炊飯家が選ぶべき、唯一無二の製品なのだ。







ホーボージュン
大海原から6000m峰まで世界中の大自然を旅する全天候型アウトドアライター。X(旧Twitter)アカウントは@hobojun。
※撮影/中村文隆
(BE-PAL 2025年12月号より)








