
【ホーボージュンのサスライギアエッセイ・旅する道具学】第8話「モーラ三銃士」
ギア「MORAKNIV / Companion,Bushcraft,Garberg」
アウトドア道具の代表格といえば、やはりナイフだろう。
僕もナイフは好きで、若いころには『ナイフマガジン』という専門誌に寄稿するほど入れ込んでいたのだが、最近は過剰な熱意は枯れ果て、高価なナイフはすべて処分してしまった。そしていまではスウェーデンのモーラナイフばかり使っている。
モーラは1891年創業の老舗ナイフメーカーで、北欧では「一家に一本」的な庶民ブランドだ。毎日の軽作業用から調理用、産業用までさまざまなモデルを展開していて、どれも高品質なスウェーデン鋼を採用し、しっかりしたハンドルと安全性の高いシースを備える。日本でもブッシュクラフトブームに乗って爆発的人気を博したので、持っている人も多いと思う。
モーラの最大の美点は「研ぎやすさ」だ。そしてこの研ぎやすさはスカンジナビアンブレードを採用していることにある。このブレードはベベルライン(刃付けの始まる境界線)からエッジにかけてストンと均一に削ってあり、エッジ角に変化がない。だから砥石にベベル面を平らに置くだけで誰でも簡単かつ均一に研ぐことができるのだ。
僕は「切る」と「研ぐ」はワンセットだと考えているので、モーラは非常に優れたアウトドアナイフだと思う。
そんなわけでいま僕は20本ほどのモーラを持っているのだが、ここではその中でも最もよく使う3本について書いてみたい。
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まずはモスグリーンの「コンパニオン」。これはモーラの代表作で、¥2,000と安くて扱いやすいことから世界的な大ヒット作になっている。
しかし、写真に写っている1本はなかなかのスペシャル品だ。実は元々のスカンジブレードをいったん壊して、自分で刃付けをし直しているのだ。
これには「JPSikaHunter」さんというユーチューバーの影響が大きい。この人はブッシュクラフトが盛り上がりはじめた2014年にナイフシャープニングについての動画を上げていた人物。氏はガチのハンターなので刃物に対しては徹底的な実用主義で
「モーラのスカンジはバトニングにはいいが、フェザースティック作りには向かない。木を薄く削るためには木肌に触れる側のベベルを研ぎ上げ、浅いコンベックスグラインド(ハマグリ刃)にするのがベスト」と結論していた。
これは僕も薄々感じていたことだった。そこで僕は練習を兼ねて左サイドをシャローコンベックスに、右サイドをベベルラインを極端に上げたフラット気味の仕上げに魔改造した。このときは両手の指紋が消えるほど研ぎまくったが、こんな特殊加工(お遊び)ができるのはモーラの研ぎやすさと気軽に試せる値段のおかげだ。以来11年間にわたって僕はいろいろな魔改造を行なっているが、すべてのスタート地点がこの1本なのである。
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真ん中のオレンジは「ブッシュクラフト」というモデルで、これはシーカヤックツーリングや海洋遠征に使っている。
こいつのブレードはサンドヴィック社の14C28Nというステンレス鋼で、錆びに強い。海旅ではつねに海水に晒され続けるので防錆は絶対条件なのだ。
ブレードは3.2㎜厚でコンパニオンの2.5㎜よりだいぶ分厚く、刃付けの角度もコンパニオンの22度に対して28度あるから刃こぼれしにくい。無人島のキャンプでは薪割りから釣った魚の処理まであらゆる作業にナイフを使う。だからなるべく頑丈なのがいい。
ハンドルやシースは視認性の高い蛍光オレンジをチョイス。これは狭いカヤックのコックピットでも瞬時にありかを判別できるようにだ。緊急レスキュー用にはライフジャケットにスパイダルコを常備しているが、そのバックアップにも使えるようにしている。以前カヤックのデッキの上で釣ったシイラを捌こうとして流失させてしまい、これが2本目である。
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そしてブラックの「ガーバーグ」。これはブッシュクラフターやサバイバル愛好者用に2016年にリリースした待望のフルタングモデル。僕のは縁あって発売前のサンプルを本国の役員さんから頂いた。バトニングや耐久テストに使っていた個体らしく、最初からチッピング(刃こぼれ)があったが、それもまた本物らしくて気に入っている。
フルタングというのはブレードがハンドルを貫通している構造のことだ。ブレードの背を木や石で叩いて薪を割る「バトニング」に最適だし、刃をこじるような使い方をしても不安がない。またハンドルエンドにブレードが露出しているので、この部分を使って釘を打ったり、何かを叩き割ったりすることもできる。ハンドルは頑丈なポリアミドで中央が膨らんだタル型はどんな握り方にも対応。まさにサバイバルな1本なのだ。
僕はコイツを家の「非常持ち出し袋」に入れっぱなしにしている。サバイバルごっこは楽しいが、ガチのサバイバルにならないことを祈っている……。
まあナイフについて語り始めるときりがないが、今の僕はこの「モーラ三銃士」でじゅうぶん事足りている。
彼らを見ているとこれこそがアウトドアギアの真髄であり、厳しい自然の中を生き抜く勇者だと思えるのだ。





ホーボージュン

大海原から6000m峰まで世界中の大自然を旅する全天候型アウトドアライター。X(旧Twitter)アカウントは@hobojun。
(BE-PAL 2025年5月号より)