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思い出のサイクリング

2021.09.22 (閲覧数) 318

『自転車ライフ:虎の巻』の特集を見まして、昔のサイクリングを回想いたしました。熊本地震の半年前の自転車紀行です。熊本の秋の風物詩でもある秋祭り参加しての翌日に、朝から荷物を準備して家内には『ちょっとでかけてくる。遅くなるかも』と伝えて出発しました。リュックにはぺちゃんこだと格好悪いので、テントとダウンジャケットを詰め込みパンパンに膨らませて背負って走りました。

とりあえず熊本新港へ到着。日差しも熱くハーレーを横目に自分もハーレーで来れば良かったかなと思いながら乗船致しました。

島原港に到着し南へ行くか北へ行くか考えましたが、平成3年に起きた島原の火砕流の水無川を見てみようと南下することにしました。

火砕流の跡地は整備され博物館も出来、観光地になっていましたが、島原駅から加津佐駅は廃線になり、昔より過疎化が進んでいるように感じました。

南下することにより口之津港から鬼池港にフェリーで渡り、天草経由で帰ってくることにしました。途中の喫茶店で美味しいハンバーグ定食を頂きました。
しかしながら国道251号線は海岸線沿いと思い、平坦かと思っていましたが、アップダウンが激しくとても険しい道でした。

途中でアイスクリームの売り子さんがいらっしゃいましたが、反対車線でもありフェリーの時間も気になりひた走りましした。

口之津港に到着したのは17時過ぎ、最終には間に合ったかなと思いましたら、連休中ということでもあり終日運行ということでした。
フェリーの中で陽が沈むのを見て家内に連絡いたしました。天草経由で帰るからと。淡い期待は『迎えに行こうか』と言う言葉でしたが、忙しそうでしたのでそのまま帰ることを決意しました。

自転車にはライトが付いてなかったので、あたまにLEDのヘッドライトを付けて走りました。天草瀬戸大橋から見た瀬戸歩道橋です。この橋は低いので、船からホーンを鳴らすとスイッチオンで橋桁が上がって船が通過すると言う珍しい橋です。

途中コンビニで弁当と水を補給し、小さな漁港で遅い夕飯を頂きました。満腹になったら自転車に乗るきも失せて野宿することに致しました。ランタンは持って行ってなかったので、外灯の明るい場所でテントを張り就寝いたしました。

このテントは25年くらい前に買った一人用テントで小さなポール2本とペグを打って上下にテンションかけて設営するのですが、長いポールとベルクロを2個使い自立するように改造してあります。ただしアウターカバーも小さくチャッチイので春秋の晴天限定のテントです。3月に山の中で寝たら凍えそうになりました。でも自転車用にはコンパクトでいいかもしれません。通称ドラキュラテントと呼んでいます。ドラキュラの棺桶みたいな形ですから。

朝も早くに目が覚めて国道324号線通称『天草ありあけタコ街道』を松島港へ向かいました。それは松島港から八代港へ行くフェリーがあったように記憶していたからです。そして、八代から電車で帰る画策をしていました。

途中、前日買ったカップラーメンと鶏飯を頂き、松島港に到着したら…フェリーは廃船になっていました。お尻の皮も剥げつつ痛みをこらえてたどり着いたのに…。

そこへ前日から旅の紀行をアップしていたのを見て、松島町の友人が差し入れを持ってきてくれました。栄養ドリンクで元気をもらいいざ熊本へ

今は完成している天草新一号橋・天城橋もこの頃は工事中で、自転車は天門橋を渡りながらその工事を見て走りました。そして、三角港に到着。これから熊本市内の自宅までの道のりは40km…。

結局、JR三角線の三角駅から輪行バックに包み乗車。お尻の皮ギリギリセーフ。

扇風機の風を浴びながら熊本駅へ。そしてJR豊肥線に乗り換えて平成駅へ。
途中大矢野町では自動車と自転車の巻き込み事故などを目の当たりにしましたが、楽しい135kmのサイクリングでした。内40kmは輪行ですが…。
椎間板ヘルニアが治ったら、またこのルートを走ってみたいと思いました。

hazamaxさん

アウトドア大好きです。25年前に家族でキャンプに行くようになり、色んなアウトドアグッズを揃えましたが、子どもが成長し巣立っていくと倉庫になおしこんだままになっていました。しかし、熊本地震の時に、昔使っていたテントとタープが大変役に立ちました。近頃ではソロキャンプに行くために準備をしています。車中泊をしながら船釣りも楽しんでいます。

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