このたび、総走行距離が10万㎞を超えたのを機に、15年におよぶ家族での旅の記録『私たちは遊牧民として生きることにした』を、12月19日に出版。文章は妻のセリーヌさん、夫で写真家のグザヴィエさんが撮影を担当。地球を舞台にした壮大なノンフィクションとなった新刊の内容と15年におよぶ旅のエピソードをセリーヌさんに教えてもらいました。
どんな旅をしてきたのか?

2010年、ふたりの故郷スイスを出発し、ニュージーランドを目指して自転車の旅に出ました。それ以来、私たちは国境や地平線を越え、自然と調和しながら遊牧民のような生活を送っています。旅の途中で出産も経験しました。長女のナイラは2013年、次女のフィビーは2017年生まれですが、家族4人で旅を続けています。山々や賑やかな市井のマーケット、静寂や嵐の中をりぬけ、2025年現在、自転車での総走行距離は10万kmを超えました。
2010年~2015年・スイスからニュージーランドへ
スイスから中央アジア、東南アジア、東アジアなどを経由して、ニュージーランド南島へ。旅の途中、2013年にはマレーシアのペナン島で長女のナイラが生まれました。その後2年間は、1万5,000kmをトレーラーの中で過ごし、アジアの人々やオセアニアの野生の地をゆったりと移動しました。
2016年~20201・グレート・ノーザン・ホライズンを目指して出発!
2016年1月から4月にかけて初めてスイスに戻り、5年に及ぶ冒険旅の本を出版。講演活動なども行ないました。幸運にも帰国中に旅をサポートしてくれるスポンサーとの関係を築くことができ、「遊牧生活」への第二段階の準を整えることができました。
マレーシアのペナン島で旅の最終準備を終え、2016年8月北海道へ。その後、韓国、台湾、韓国、ロシア、モンゴル、ベトナムへ。2017年には次女、フィビーが誕生。2019年にはついに北米大陸に渡り、アラスカの大地を走ることがかないました。厳冬期をユーコンのキャビンで暮らす体験もしました。カナダ、アメリカを旅をした後は、再びヨーロッパへ向かいました。
2022年~2023年・ヨーロッパを放浪
故郷のスイスに滞在し、スキーやクライミング、ハイキングなどを楽しみましたが、遊牧民的な心がうずき、再び旅へ出ることにしました。コロナ禍で移動制限があったため、大規模なプロジェクトを実行するのは諦め、行先も決めずに目の前に続く道を進むことに。リヒテンシュタイン、ドイツ、チェコなどを旅しました。
2023年~2025年・日本を南から北へ自転車で駆け抜ける!

2023年から2025年にかけては日本を南から北へ自転車で駆け抜けました。2012年に初めて日本に足を踏み入れて以来、日本での走行距離はなんと、2万4,000km!
東北地方を自転車で走り、岩手に到着。そして、巨大な火山の麓に立った時、私たちはすべての都道府県を繋いでいたことに気が付きました。当時11歳だったナイラは、47都道府県すべてを自転車で走破した最年少の子供となりました。
日本は第二の故郷

「生きる」「探求する」「共有する」「刺激する」という羅針盤に導かれ、唯一無二ともいえる私たちのスローライフについて、日本で60回の講演を行ないました。また、エコツーリズムやソフトモビリティのコンサルタントも務めています。同時に、アウトドアライフのアンバサダーとして、子どもたちと自然の間に広がる溝を埋め、健全な成長を促すことも目指しています。私たちは日本でのこういった活動プロジェクトに「Wonder of Nature(自然の驚異)」とい名前を付けています。
2023年の「Wonder of Nature」:大阪から鳥取、そして北海道へ。そして仙台から東京へ。長野を経由して大阪へ。
2024年の「Wonder of Nature」:千葉から和歌山、鳥取と広島へ。九州から鹿児島、沖縄へ。別府、四国、中国山地を経由して大阪へ。
2025年の「Wonder of Nature」:奈良から神戸、四国へ。東京から東北へ。北海道を一周。新潟から長野を経由して奈良へ。山口から広島へ。
2026年の冬には、雪化粧をまとった静かな広島県の安芸太田の山々を堪能します。そして、中国山地の深い谷間に囲まれた小さな集落、加計(かけ)をはじめ、広島、東京、大阪などで私たちのスローライフについてお話しをする予定です。
世界一周の旅で印象に残ったエピソードBEST3

ヒマラヤでの妊娠
標高5,500mのヒマラヤ山脈の薄い空気の中に立っていたとき、私はグザヴィエに父親になることを告げました。目の前にはエベレストがそびえ立っていました。静寂の中に、雄大に、そして永遠に。そのとき、地球最高峰の影の中で、私の体の中で、新しい命がすでに育まれていました。世界の屋根から始まる命は、脆く、強く、そして全く奇跡的なものでした。
ゴビ砂漠横断

モンゴルのゴビ砂漠を自転車で横断しながら、フィビーに授乳していました。彼女は当時まだ1歳でした。突然、広大な空虚の中から、フタコブラクダが現れたのですが、ラクダはこの過酷な風景にすっかり馴染んでました。周囲には、乾いてひび割れた大地と静寂だけが広がっていて、それは魔法のような瞬間でした。それぞれの環境でたくましく生きる生き物たちと出会い、自分の五感で感じるという経験を通して娘が何かを学ぶようすを見守っていました。彼女は少しずつ、本当の砂漠はどういうものかということを見出していったのでしょう。
10万㎞という節目に到達

北海道、旭岳の力強い視線の下、私たちは静かに節目に到達しました。自転車で世界中を走り続け、ついに10万㎞に達したのです。それはスピードではなく、忍耐力で刻まれた数字です。人生はもっとゆっくり、自然に寄り添い、互いに寄り添って生きられるということを思い出させてくれました。
1日の走行距離の目標100㎞を楽に感じる日もありましたが、そんな日は多くはありませんでした。長距離走行は苦労の連続でした。ツンドラの強風とタイガの静寂、地平線を飲み込む砂漠、零下30度の寒波と53度の猛暑を乗り越えて、ようやく辿り着いた道のりでした。こういったすべての景観や地形が、今の私たちを形づくってくれたのです。
旭岳の下では、すべてが静まり返っていました。ゴールラインも、人混みもありません。ただ山の柔らかな息吹が感じられるだけでした、真の節目は騒々しいものではなく、経験によって築かれるものだと私たちに思い出させてくれます。
私たちの本について
不思議なことですが、完璧なタイミングで、私たちは何度も何度も意味のある重要な出会いへと導かれています。
あるとき、私たちは広島の山々を縦走していたのですが、その時、冒険家で出版社を営む上田さんに出会ったのです。彼は私たちに元気が出る特製のマムシ酒を味見させてくれました。そしてそこで、「どのような経緯で、私たちが故郷と呼ぶ場所が世界全体であると感じるようになったのか」を説明する本のシリーズをいっしょに作ろう、というアイデアが生まれたのです。
その最初のシリーズが、今回出る『私たちは遊牧民として生きることにした』なのです。
本の中では私たちのノマド的人生がどのようにして始まったのかについても触れています。
2010年。私たちは仕事を辞め、車を売り、こう言いました。「3年の予定で、スイスからニュージーランドまで自転車で行くつもりです」。スイスに住み続ける理由は数えきれないほどありましたが、私たちは自転車に乗り、進み続けることを選んだのです。
砂漠を越え、寒い冬を乗り越え……。それらは想像を絶するほど過酷なものでしたが、そういった経験が、家族で遊牧民的な生き方を成し遂げられると信じる力を与えてくれたのです。
『私たちは遊牧民として生きることにした』
セリーヌ・パッシュ著
グザヴィエ・パッシュ写真
植田 紘栄志翻訳
ぞうさん出版
¥2,200









