修験道の祖・役小角を妄想してみる 【文化系アウトドアのススメ Vol.3】

2018.12.29

ロープウェイからはこんなふうに大和国が見えます。

地名にいちいち引っかかるのがコツ

大和葛城山の頂きで、すっかりテンションの上がった私たち。再びロープウェイで下山し、すかさず、「櫛羅(くじら)の滝」へと向かいます。「櫛羅の滝」は、今回の主役である役小角が修行をしていたと伝わる滝ですから、せめてここだけは見ておかねばなりません!

 ところでこの「櫛羅の滝」ですが、名前がちょっと変わってると思いませんか? このような変わった地名を見たら、いちいち細かく引っかかるのも、「文化系アウトドア」のコツ。特に古代から歴史があるような土地では、地名に何かしらヒントがあります。中でも注目してほしいのは、「音」。漢字の意味にとらわれ過ぎないということがポイント。古代からの地名の場合、意味よりも、音をあてはめているということが多いですからね。

この「櫛羅」、音だけきけば「くじら」で、それから連想されるのは、海に生きる生き物。でも周りには海がない、なんかおかしいな、と連想してみます。そこでスマホを取り出して、検索。すると、今は「くじら」と読むようですが、もともとは「くしら」と読んだらしいのです。

おお、なるほど。それならピンときます。「くし」というのは、「奇(く)し」のこと。霊異の力を表わす古い言葉で、「ら」は接尾語なので、「くしら」とは、「霊異の力を持つ神霊」を指すと思われます。一方、川の扇状地や、急斜面などの地形を表わす言葉という説もあるそうなんですが、確かにこのあたりは、そんな地形ですので、その説もまたなるほどなあ、と思います。

ロープウェイ登山口駅のすぐ裏手に登山口が。猪除け用の柵があります。

ロープウェイ登山口駅のすぐ裏手に登山口が。猪除け用の柵があります。このように地名を見ると、その土地の属性が何となくわかってくるんですね。櫛羅は「くしら」であるということは、おそらくはこの一帯は古くからの聖地だということが想像されます。ちなみにこの一帯には縄文時代後期の遺跡も発見されていますから、相当に古い土地なのは間違いありません。

役小角は、どんな人物だったのか

登山口から、だいたい15分くらいでしょうか。山道を歩いていくと、櫛羅の滝が現れます。

櫛羅の滝コースは、安位(あに)川の谷筋をたどるコース。

 この小さな滝が、ある意味この周辺では、役小角の気配を私たちに伝えてくれる、数少ない存在なのです。実は、この櫛羅の滝のすぐ上あたりに、「安位寺(あんにじ)」という、大きなお寺があったそうなんです。でも度重なる兵火で燃えてしまい、今は礎石などを残すばかり。もしお寺が残っていたら、役小角を偲ぶ何かがあったはず。……残念です。

ところで、そんな古い聖地である櫛羅で、役小角はどんな修行をしていたんでしょうか。滝に打たれる、なんてことももちろんしたんでしょう。しかし……。

 櫛羅の滝を前に、あまりにも想像するよすががないので、私は思わず、ううむ、とうなりました。

 実は、役小角という人は、これほどまでに有名でありながら、そのほとんどは、後世の人に語られたものなんです。有名な説話集の記載も、相当に盛られてるはずです。その盛られてること自体にも、もちろんいろんな意味があるんですが、それはさておき。

 その実像を……となると、近い時代に成立した歴史書の表現などを見てみるといいかもしれません。しかし、役小角については、『続日本紀』にあるこの一節だけ。

 「(6995月)24日、役君(えのきみ)小角を伊豆嶋に配流した。はじめ小角は〔大和〕葛木山に住み、呪術をよく使うので有名であった。外従五位下(げじゅごいげ)の韓国連広足(からくにのむらじひろたり)は小角を師として仰いでいたが、のちに能力を害されたので、妖術で人を惑わしていると讒言した。そのために小角は遠隔の地(伊豆)に配流されたのである。世間では後まで次のように伝えた。「小角は鬼神を使役して水をくませたり、薪をとらせたりすることができ、もし鬼神が言うことを聞かなかったら呪術で自由を束縛した」と。」

 あれれれ?
何だか、仏教のブの字もありませんよ?

ざっくり要約すると、「役小角という有名な呪術師が葛城山に住んでいたが、妖術で人を惑わしていると弟子に讒言されて、伊豆に流された」ということです。ここだけ読んでみると、「仏教や神道をベースにして成り立っている修験道」というイメージからはかなり遠いような……。

 古代東アジア文化圏の理想的超人像

実際、役小角に関わる本をいろいろ読むと、役小角に仏教的要素が付随するようになったのは、あとのことで、実像を追うと、どちらかといったら中国の道教的要素が強いと考えられているようです。そもそも、「鬼神を使役して」だもんなあ。このワード、カンペキ道教というか中国的です。

 歴史の授業では全く教わりませんが、7世紀ごろの役小角が生きた時代というのは、古代中国の神仙思想の集大成である道教が入ってきて、普及していました。

 つまり、日本古来の宗教世界(神道)か仏教という二択じゃないんですよね。よく考えてみれば、仏教が日本に来たのであれば、道教だって日本に来ますよね。仏教を勉強したように、道教も一生懸命勉強したんじゃないかと思います。

 特に、おそらく少し上の世代に当たる皇極天皇(天智天皇のお母さん)は、「観(道教寺院)」を建立させたりしていて、非常に道教的。息子の天武天皇(天智天皇の弟)も、身分名などに道教の言葉を使ったりして、やたらと道教を感じさせる人です。

 当時の葛城(木)山系は、「神仙境」(仙人が住むような場所)だと考えられていたと言います。さらに言えば、この葛城山にも「観」があったのではないか、と推察している学者もいます。

滝周辺にはこんな石がゴロゴロ。「櫛羅石」と言い、珍重されたようです。現場に行ったら石にも注目しましょう。鉱物資源チェックもとても大切。

 そんな時代的状況を頭に入れつつ、「役小角」を妄想してみます。

 当時の葛城山は、古い聖地であり、同時に渡来人も多く暮らす、先進的な空気感に溢れた場所です。役小角は、古代の名族の一支流に生まれたエリートで、古い技術や知識も持ちながら、最先端科学でもある道教を自在に駆使できる国際人。元々葛城山のような山には、大和朝廷に従わない人々も多く住んでいましたが、そのような独立心旺盛な、山に住む人々の尊敬をも集める超人です。「日本」というよりも、「東アジア」文化圏における理想的超人。そんな「役小角」が、頭の中に浮かび上がってきました。そこでふと、頂上で見た光景が脳裏をかすめます。

 河内国の向こうには、大きく広がる海原。

大和国の向こうには、果てしなく連なる山並み。

 古代の人の行き来は、海や川、あるいは山の尾根を活用していたでしょう。そのような「道」を自由自在に動き回る人々のひそやかな足音が、聞こえて来るような気がしました。

 vol.4に続く)

***
12月からスタートしました新連載「文化系アウトドアのススメ」、今年は本回が最後になります。マニアック街道まっしぐらですが、この調子で頑張ってしまおうと思っておりますので、来年も本連載を何卒よろしくお願い申し上げます。それでは皆様、良いお年をお迎えください!

 プロフィール
武藤郁子(むとういくこ)

フリーライター兼編集者。出版社を経て独立。文化系アウトドアサイト「ありをりある.com」を開設、ありをる企画制作所を設立する。現在は『本所おけら長屋』シリーズ(PHP文芸文庫)など、時代小説や歴史系小説の編集者として、またライターとして活動しつつ、歴史や神仏、自然を通して、本質的な美、古い記憶に少しでも触れたいと旅を続けている。

★共著で書き下ろした『今を生きるための密教』(天夢人刊)が12月17日に刊行されました!ぜひお手に取ってみてください。よろしくお願いいたします~!

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