にっぽん刃物語「漆搔き道具」~いたわりながら傷つけないとウルシの木はへそを曲げる~

2019.05.22

刃物の持ち主
漆搔き職人
安島道男さん
茨城県大子町在住。コンニャク栽培、伐採、炭焼きなどさまざまな山仕事に携わる。漆搔きは50年前の30代から始め、最盛期には収入の8割を漆が占めた。
※ 所属や肩書は取材当時のものです。

右から「鉋」。U字状の刃と爪状の小刀が一体になっている。「腰鎌」。表皮を滑らかにして、鉋の刃入れをよくする。「搔きベラ」。湾曲した先端部でにじみ出た漆液を容器に搔き落とす。

縄文時代から利用され、その工芸は海外ではジャパンと称される。日本文化の顔ともいうべき塗膜材が漆だが、国内で採取される漆の量はわずか1〜2%。そんな漆文化を縁の下で支える職人を訪ね、奥久慈の森へ。

1本の幹に上下90度ずつずらした採取面を決める。それぞれの面に4日に1回傷をつけていく。鉋と呼ぶ刃物で樹皮を溝状に削り、反対側の目サシ(突起状の刃)でさらに切り込むと、白い液が均一ににじみ出る。

うす暗い斜面には、脚の太さほどの木が整然と立っていた。幹にはまっすぐな黒い線が、独特の幾何学模様を刻んでいる。今から20年ほど前、安島道男さん(85歳)が自ら苗を運び上げて植えたウルシの林だ。

漆は、ウルシの木が分泌する樹液である。鉋と呼ばれる専用刃物で幹の表皮を一筋えぐると、乳白色の液が、傷口から血のようににじみ出る。

ウルシの木の乳液は強烈な殺菌力を持ち、人の皮膚にアレルギー症状を起こすほど刺激が強い。乳液はやがて黒く固まり、傷口を石のように覆う。この性質を利用した工芸が漆器だ。

独特の美しさでも多くの人々を魅了してきた漆だが、採取の苦労は、丹精で華やかな塗りの世界ほどには語られない。

1本の傷から得られる漆液は、少ない。たとえば、手を洗って振り払ったときの水滴程度といえばわかりやすいだろうか。それをヘラという道具の先で、筒型の器へ搔き落としていく。

採取の時季は6月から9月下旬で、はじめは短い傷をつける。4日に1回ずつ、少しずつ傷を長くしながら鉋で切ると、ウルシの木はただごとではないと感じるのか、漆液の出がだんだん増え、成分も濃くなる。大事なのは必ず中3日休ませることだそうだ。

空模様の悪い日は採らない。樹肌から伝った雨水が傷口に入ると、ウルシの自己治癒力が落ちて腐ってしまうからだ。

鉋の切れ味や使い方も能率を大きく左右する。漆液の通る管は樹皮層と形成層の境にあり、切り込みが浅いと出が悪く、削りすぎると今度は木を弱らせてしまう。当然ながら、指先の勘や研ぎの熟練度もものをいう。

取引は1貫目(3・75kg)の桶単位。こっそり聞いた値段は目玉が飛び出るほどだったが、1日に集められる量はがんばっても小さなペットボトル1本、つまり500gほど。天気の都合で仕事にならない日も多い。

「日割り計算したら勤めに出たほうがうんといいよ。誰もやんなくなるのは当たり前だっぺ」

安島さんは、野生のウルシも搔く。軽トラックで走りながら山を見て、あそこに1本、向こうに2本と目星をつけておき、後日、土地の持ち主に交渉して採らせてもらうのである。

「ひとりで芽生えて根を張ったウルシは、枝葉も大きく茂って元気がまるで違うんだ。漆の出る量も多いし、質もとろっと濃くてね。いい木を見つけたときは、ちょっと興奮するねえ」

最近、膝を痛め、山の上り下りが不自由になってきた。家族からは引退を勧められているそうだが、野生ウルシの魅力を語るときの目は、まだまだこの仕事を続けたいと語っていた。

取材協力/大西 勲

文/かくまつとむ 写真/大槗 弘

※ BE-PAL 2015年10月号 掲載『 フィールドナイフ列伝 15 漆搔き道具 』より。

現在、BE-PAL本誌では新企画『 にっぽん刃物語 』が連載中です!フィールドナイフ列伝でお馴染みの『 かくまつとむ&大槗弘 』のタッグでお届けしております!

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