オーガニックワインは日本でも売上上昇中
スーパーのワインコーナーで「オーガニック」とか「ビオ」と表記されたワインを見ることが増えた。「自然栽培」という表記もある。1000円以下のオーガニックワインも見かける。(お互いの定義が重なったり、認証制度により呼び方が違ったりするので、ここでは「オーガニック」で統一する。)
ドイツでは、やや資料が古いが、2008年〜2015年にかけて、マーケットに占めるオーガニックの割合は0.6%から4.8%へ増加。ドイツ産オーガニックワインを購入したい人は54%増加したというデータがある。(Organic Wine in Germany:Recent development & Challenges) また、「WINE TRADE MONITOR 2018」(SOPEXA)によると、アメリカ、カナダ、日本、ベルギーでは今後2年間でオーガニックワインやビオディナミ(バイオ・ダイナミクス)ワインの売上が増加する見込みが高いと分析されている。
「オーガニック」とともによく聞かれるようになったのが「サスティナブル」だ。両者はほとんどセットで語られつつある。オーガニック文化の先進地であるアメリカ西海岸の、カリフォルニアワイン協会はサスティナブルなワインづくりを目指している。そのサスティナブルとは「環境にやさしいか」「経済的に実現可能か」「社会的に公正か」の3つを規準としている。
ワイナリーの現場ではオーガニックはどのようにとらえられ、どのように取り組んでいるのか。フランスのワイン銘醸地、ボルドーを訪ねた。
農薬の影響で真っ赤になった腕を見てオーガニックを決心(シャトー・スオウ)
ボルドー市街から車で30分ほど南下したガロンヌ川左岸のシャトー・スオウ(Château SUAU)は小高い丘の上に位置する。2008年からオーガニックのぶどうを栽培している。
「2007年の6月。ルヴァージュ(枝の誘引)の作業をしていた女性スタッフの腕を見てショックを受けました。農薬の影響で真っ赤だったのです」とオーナーのモニク・ボネさんは話す。
スタッフの健康を守ることもオーナーの役目と、翌年からオーガニック栽培に切り替えることを決心した。当時、ワイナリー関係の男性たちからは「本気か?」と呆れられたそうだ。それぐらい当時のボルドーのオーガニックワインの評判はよくなかった。つまりおいしくなかったようだ。

シャトー・スオウのオーナー、モニク・ボネさん。1986年からワインづくりに携わる。
モニクさんは試行錯誤しながらオーガニック栽培をつづけ、2010年産のワインを試飲して、確信を得た。「オーガニックのほうがおいしい」。根が深く伸び、土中の栄養がぶどうに行き渡るようになると風味ががぜん変わってくるのだ。
栽培方法だけでない。保存料を使わない無添加ワインの醸造も始めた。そのために醸造タンクを新設した。ふつうの木の樽では、悪性のバクテリアが発生するおそれがあることから、コンクリートタンクに切り替えた。メンテナンスにも金がかかる。タンクの内側にひびが入るとバクテリアが繁殖してしまうので樹脂コーティングをかけた。これが「20万ユーロもかかっちゃったわ!」。約2400万円!

保存料無添加ワインのために整備したコンクリートタンク。

シャトー・スオウの保存料無添加(サン・スーフル=Sans Soufre)ワイン。
「30年前、このシャトーを受け継いだ時は、畑に草が生えているのを見るのは耐えがたいものでした。でも、今は、この通り」とモニクさんは笑顔で畑を示す。
収穫の済んだ10月上旬の畑は、ふさふさと草に覆われていた。モニクさんは今後も「テロワールが十分に引き出されるオーガニックワインをつくっていきたい。ワインツーリズムの受け入れも増やしていく予定」と語った。
「もはやオーガニックしか考えられない」(シャトー・オー・リアン)
ガロンヌ川を渡った先は、アントル・ドゥ・メールと呼ばれる。ふたつの海の間という意味だが、ガロンヌ川とドルドーニュ川に挟まれた地区のことだ。ガロンヌ川から昇る霧のかかる85haの畑、シャトー・オー・リアン(Château Haut-Rian)がある。持ち主はディートリッヒ家で家族経営だが、昨年、娘のポーリーヌさんが醸造長を引き継いだ。

50mの高低差を生かしたシャトー・オー・リアンの畑。

シャトー・オー・リアンの醸造長ポーリーヌさん。
父から醸造を引き継いだ時点で、畑はオーガニックしか考えられなかったと言う。「父の時代は生産量を優先せざるを得ないことは理解していますが、これからはサスティナブルを優先していかなくてはなりません。自然、ぶどう、作り手、すべてが調和する方法を探して実践していきたい。それは自分自身のQOLを高めることにもなります」。二児の母であるポーリーヌさんは、「子どもにきれいな世界を伝える責任もあります」と語る。
2018年、オーガニックで10年間栽培されていた畑を買い増し、オーガニックでセミヨンという白ぶどうを栽培している。農薬の代わりに亜硫酸塩、銅などの、土の表層にしか影響を与えない薬品を使っている。薬品の散布は花の咲いている時期を外すか、花を刈り取ってから撒く。トラクターを使う時はバンパーに鎖を巻いて、ジャラジャラと音を鳴らしながら運転する。畑に生息する虫が、その音に驚いて逃げるようにだ。農薬の影響を受けていない畑と花にはミツバチが訪れる。ぶどうの木自体はミツバチによる受粉を必要としないが、ミツバチの訪れによって畑の状態がわかる。フランスにはBee Friendly というミツバチが生息できる環境かどうかの認証制度もあり、シャトー・オー・リアンも認証を受けている。

ボトルの丸いシールはBEE FRIENDLY(ミツバチフレンドリー)の認証マーク。
「オーガニックだからおいしいとは、科学的には言えません。ただ、オーガニック栽培によって、ぶどうの木が厳しい環境にも耐えられるように酸を独自に保っている可能性はありますね」。

10月初旬。収穫前のオーガニックのセミヨン。
シャトー・スオウのモニクさん、シャトー・オー・リアンのポーリーヌさん、いずれもオーガニックを当然の流れと受け止め、取り組んでいるように見えた。健康やおいしさのためというより、サスティナブルの考え方が優先される時代になった。温暖化によるぶどう品質に対する影響も、もはや無視できない。気候変動の影響は今後も続くと予想され、ボルドーでは暑さに強いぶどう品種の研究と導入が進められている。サスティナブルなぶどうつくりは気候変動への対応とも重なる。
将来的にはトラクターの代わりに農耕馬を使いたいと、モニクさんとポーリーヌさんは話していた。農薬や機械によって可能になった大量生産が見直されている。ボルドーの畑の一角でそれは確かに始まり、成果を出している。将来、ボルドー訪れた時は、畑を馬が耕している風景が見られるだろうか。
取材・文/佐藤恵菜 撮影/Mathieu Anglada