今回の旅は、前回の寄港地マルケサス諸島から数日間のセーリングを経て辿り着いた、フランス領ポリネシアのツアモツ諸島です。
コンティキ号の軌跡を辿る航海




火山島から珊瑚の環礁へ、ツアモツ諸島への新たな航海
ツアモツ諸島は、火山由来のマルケサス諸島とは異なり、珊瑚礁が隆起してできた76もの環礁から成る、南太平洋の楽園です。
ツアモツとは現地の言葉で「遠い島々」を意味し、その名の通り、南太平洋に静かに浮かぶ美しく孤高の環礁群であり、白い砂浜やヤシの木が並ぶ浜辺、透き通った海に色鮮やかな珊瑚礁のほかには何もなく、ただシンプルな自然の美しさで構成されています。

コンティキ号の冒険に魅せられて
このツアモツ諸島には、私が個人的にぜひ訪れたかった場所があります。それが、『コンティキ(コンチキ)号漂流記』の舞台となったラロイア島です。
ノルウェーの人類学者であり探険家でもあったトール・ヘイエルダールは、「ポリネシア人の祖先は南アメリカに由来するのではないか」という仮説を証明するため、インカ時代の技術を忠実に再現したバルサ材の筏「コンティキ号」に乗り込み、ペルーから現在のフランス領ポリネシアまで航海(漂流)するという前代未聞の実験を行いました。
1947年、ヘイエルダールは5人の仲間とともにペルーを出発し、約100日間の漂流を経て、ツアモツ諸島ラロイア島へ辿り着きました。その冒険をもとに書かれた『コンティキ号漂流記』は60か国以上で出版され、大ベストセラーとなりました。現在では、ポリネシア人の起源は東南アジアから移動してきたモンゴロイド系の人々だとする説が有力ですが、そんな学説の正否にかかわらず、ヘイエルダールの知的好奇心に突き動かされた行動力、突破力にはただただ圧倒されます。私もそんな彼らの冒険に心を躍らせた一人です。

本自体も、「どんな旅してきたの!?」というボロボロ具合でお恥ずかしいのですが……冒険心をくすぐる素晴らしい内容です。
この実験のために集まったメンバーもそれぞれ個性的で、もはや超人レベルなエピソードの数々もかなり面白い。さすがバイキングの国です。今だったら有名YouTuberになっていただろうと密かに思っています。
南米から南太平洋地域にかけては、常に東から西に貿易風が吹いているため、理屈の上では、筏だろうと蒲鉾板であろうと自然と西へは流れていくとされています。しかし、本当に「筏で行ってみた!」を実践してしまう人は、そうそういませんよね。
正直なところストーリーには感動しつつも、「本当にそんなことが可能なのか」と半信半疑な自分もいました。しかし、実際にヨットで南太平洋を航海してみると、貿易風や海流、太平洋の穏やかさ、自然の力と人間の知恵を総動員して、あの挑戦は成功したのだと実感できました。
私たちがこの太平洋航海に挑戦するにあたり一番参考になったのは、実はYouTubeなのですが、心の奥で勇気をくれたのは、ハイエルダールのこの漂流実験でした。
「古代洋式の筏(コンティキ号)で渡った人達がいるなら、現代の筏(カタマラン)ならきっと大丈夫」という謎の安心感は、大きな心の支えになりました。

映画のワンシーンのような光景
前回紹介した火山島のマルケサス諸島とは異なり、珊瑚礁が隆起してできたツアモツ諸島は、周囲をぐるりと守るバリアリーフ(天然の防波堤となっている珊瑚礁)が発達しています。
海抜が低く外洋の影響を受けやすいこれらの島々にとって、バリアリーフはまさに命綱と言えます。ディズニー映画『モアナ』では、このバリアリーフがとても分かりやすく描かれているので、機会があればぜひ注目していただきたいです。
島に上陸するには、バリアリーフの切れ目(パス)を通ってラグーンに入る必要があるのですが、狭いパスではエンジン全力でも前に進めないほどの激流になることもあるため、「潮の読み」が欠かせません。巨大エンジン搭載の大型船であれば心配無用ですが、私たちのような小さな船は安全のため潮止まりを狙って慎重に入る必要があります。
これはベテランのヨット乗りにとっても緊張の瞬間のため、まして経験の浅い私達にとっては至難の技でした。
エンジンすら搭載していなかったコンティキ号は、漂流の末、ラロイア島に座礁する形で到着しました。その場所には現在、彼らの偉業を讃えるモニュメントが静かに佇んでいます。モニュメントの周囲には、美しい貝殻と、訪れたセーラーたちが残していったのであろうノルウェー国旗が飾られていました。
この旅では数えきれないほどの感動を味わいましたが、このモニュメントを前にした時の最大級の感動は、今も鮮明に覚えています。
砕けた珊瑚のかけらを洗う波の音、椰子の葉から漏れる光、そして、純白のシロアジサシ(野鳥ファンでなくても心を奪われるレベルの美鳥!)が空へ舞い上がる姿……登場人物が小さいおばさん(私だけ)ということを除いては、完璧な映画のワンシーンのようでした。
そして、「これが100日の漂流の果てにヘイエルダールが見た光景なのか」と思うと、胸が熱くなる思いがしました。
現代社会では、「すぐに答えが得られること」が正義のように扱われがちでですが、答えを求めて筏で100日間も太平洋を漂流したコンティキ号の挑戦は、「時間をかけてでも、自分の信じる問いに向き合うことの価値」を改めて思い起こさせてくれます。

それでは、また次回。








