ペケペケ音がする船外機を載せたボロい木舟、ペケペケ号でアマゾン川を旅する私たち。毎日事件が続いていますが、虹は雨上がりの証。今回は、ペケペケ号が抱えていた”あの”問題に、ようやく終止符が打たれます。
泥だらけのアマゾン川
虹がかかるのは雨上がり。
雨上がりのアマゾン川の岸辺はこの通り、泥だらけ。上陸する場所が悪いと、足をついてもすぐに膝くらいまで埋もれてしまいます。
舟を停めて、寝ている間に川の水位が下がってペケペケ号が座礁してしまったら、抜け出すのに一苦労。舟を押そうにも、地面がぬかるんでいるせいで、踏ん張ることができません。そういうときは、どうにか流木などを拾って地面に敷いてその上に立ち、浜に加わる自分の体重を分散させて、沈むのを防ぎます。
おかげで私たちの靴はいつも泥だらけ。洗っても洗ってもキリがない。そのうち裸足で歩き回るようになってしまいました。でも今回起こった事件は、靴が泥だらけになることではありません。
私が手に持っているのは太い葉巻、ではありません。
【佐藤ジョアナ玲子のアマゾン旅】シリーズを読んでくださっている皆様は、きっとこの船外機の棒事件には飽き飽きしているでしょう。vol.5で、船外機のスクリューを繋ぐ棒が折れたのを皮切りに、異音がしたり、接続部分がひび割れたり、修理を繰り返しながらすでに3回も故障している棒の残骸です。また、ポッキリ折れちゃいました。
もう、お手上げです。本当にこの旅、もうダメなんじゃないか。
怪しい舟をヒッチハイク
故障のたびに、ほかの舟をヒッチハイクして近くの村までペケペケ号を引っ張ってもらっている私たち。今回も通りがかりの舟が異常事態に気が付いて、近づいてきてくれました。
「近くの村まで行くのを手伝ってもらえませんか?」
「あー、無理、ガソリン余分に積んでないし。じゃあね。」
えーっ!?断られるパターンは初めてです。待って待って、置いて行かないで!ガソリンなら私たちの余ったのをあげるから!!ペケペケ号から立ち上がり、大きく腕をまわして、戻って来るように猛アピール。私もマキシーちゃんも、度重なる故障のせいでヒッチハイクに慣れてしまい、遠慮が無くなってきました。
なんとか拾ってもらえるも…
でも、この舟、これまでお世話になってきた漁師さんとはどうも様子が違うのです。
アマゾン川で見かけるものといえば、私たちのペケペケ号と同じくらいの10m程度の小さな木舟ばかりですが、彼らの舟はその何倍もあります。
舟を動かす船外機は、エンジンに細長い棒を接続してスクリューを回すタイプ。ペケペケ号の船外機より何倍も大きくて馬力も違いますが、基本的な仕組みは同じです。ペルーのアマゾン川では、日本で見かけるようなタイプの船外機はほとんどありません。
私たちのペケペケ号は船外機のハンドルを直接手で押さえて運転しますが、この舟は、船外機のハンドル部分にロープを結んで天井から吊るしています。舟が進むのにちょうど良い角度に棒が固定されるようになっているのです。左右のコントロールは、舟の先頭部分にハンドルがあって、それを回すと舟底のラダーが首を振って進む方向を調整できる仕組みです。
漁の話をしない漁師たちの正体は?
舟の屋根に上ると、何人かの乗組員の男たちが昼寝をしていました。そんなことができるくらい、大きな舟なのです。
屋根にのせている青バナナは、売りに行くほどの量ではないから、乗組員たちで食べるためのものでしょう。漁に使うための網もあります。だけど、どうしても普通の漁船じゃない気がするんです。
漁船であれば、濡れた網や魚を扱うはずなのに、一階部分の積み荷には厳重に防水のシートがかぶせてあります。中身がなにかは知らないけれど、上に人が乗っても大丈夫で、ちょっと散らかっているカスを見るに、なにか干し草のようなものにも見えます。濡らしたくないものを満杯に乗せて漁に出かける人なんて、いるのでしょうか。
漁師さんは、基本的におしゃべりです。自分の仕事に誇りを持っているから、川にはどんな魚がいて、自分はどれだけ漁が上手いのか、自慢話しない漁師さんには出会ったことがありません。
乗組員は全部で6人。なのに誰一人として、魚の話をしません。陽気なはずの南米人なのに、私たちに話しかけようとする気配すらありません。
沈黙に耐えられず、私たちから話しかけます。
「今日はどこまで行く予定だったんですか?」
「川で探しているものがあって、それを見つけるまでさ」
一体どんな探し物なのか、私たちには聞き取れない単語でした。でも船長以外は、自分たちが実際にどこに向かっているのか、よくわかっていないらしいのです。
今度は顔面にタトゥーを入れたお兄さんが言いました。
「俺たちはここに来るのは初めてなんだ」
それだけ言うと、私たちを避けるみたいに全員が口を閉じて、また船に沈黙が戻りました。
舟にはテレビがあって、眠るための布団もありました。ハンドルを握る船長以外は、自分たちがどこに行くのかも知らない出稼ぎ労働者です。
ここからは、あくまで私たちの勝手な想像ですが、アマゾン川は薬物の密輸に関わる舟が行き来する水路でもあります。土地勘のない男たち、濡らしちゃいけない積み荷、固く口を閉ざす態度、カムフラージュみたいな網。なんだか、本当にそうとしか思えなくなってきました。
噂によると、お金欲しさに手を染める密輸人たちは、よく村の占い師の元へ行ってどうすれば捕まらないのかを相談するそうなのです。もしかしたら、私たちを助けたのも、神様に見逃してもらうために徳を積みたかったからなのかも。なーんて。
ガソリンが足りないといっていたはずの船長は、約束のガソリンを受け取ろうとしませんでした。ただ静かに私たちを村まで送り届けると川の向こうへ消えてしまったあの舟の正体は、一体なんだったのか。今でもわからないままです。
林業の村「ティエラブランカ」へ
さて、私たちが降ろしてもらった村の名前は「ティエラブランカ」。ペケペケ号の隣の舟には、せっせと木材を積み込む男たち。いっぱいになるまで、木材を人力で積み込んでいます。
ティエラブランカの船着き場は、ほかに舟が停まっていなければそうだと思えないほど、なにもない船着き場です。コンクリートの堤防があるわけでもなく、村の影も見えません。ジャングルの道をしばらく走った先に人々の家があって、森に囲まれたこの村は、建築材料の木材を製造する林業で有名な地。
アマゾンの熱帯雨林が伐採されている、環境破壊だ、とも指摘されていますが、それでも地元の人たちは、生活のためにせっせと木材を遠くの町まで運びます。
アマゾン川流域の謎として、通販のAmazonはアマゾン川に届くのか、私はずっと疑問に思っていました。こういう道の先にある村に、住所があるのかどうかもわかりません。ティエラブランカで、私はこの答えに一歩近づくことができました。郵便を届ける舟が来るのを、船着き場で待っているおじさんがいたのです。
アマゾンにAmazonの荷物は届くのか?
郵便物を待っていたのがこのおじさん。どうやら郵便を受け取るときの住所は村の名前で止まっていて、いつ頃届くのかを自分で確認して、それに合わせて船着き場で待つのだそう。この方法なら、アマゾンでもAmazonを受け取ることができるかも!
このおじさん、まさに私たちにとっての救世主で、ペケペケ号の船外機の故障も直してくれました。
エンジンとスクリューを繋ぐ棒がこれまで何度も故障したのは、その棒を支える筒状のパーツが歪んでいたから。だから回転に耐えられず負荷がかかり、棒が折れてしまっていたのです。いわれてみれば納得です。これまで4度も故障して、最後にやっと「もともと新品で買った棒と筒だけど、最初から壊れていた」という点に辿り着きました。
「こんなのゴミだよ、ゴミ、ダメだよ使っちゃ」。おじさんはそう言い切ると、家からパーツを一式を持ってきてくれました。
私たちにとってのアマゾン旅は、川の自然との闘いではなく、なにをやっても壊れまくる船外機の棒との闘いでした。
でも、安心してください。棒が壊れるのはもうこれで最後です。次回からは、舟をブイブイいわせて、いえペケペケ鳴らして秘境アマゾン川を爆走します!(次回へ続く)