徳島県の南部に位置する出羽島。最寄の港・牟岐港から連絡線でたった15分ほどのその島は、平均年齢がとても高い過疎の島。若い人は皆、対岸の町や他の地域へ出て行ってしまい、1993年には島の小学校も廃校になってしまった。現在の人口は約60人。そんな島に、なぜかゲストハウスが1軒ある。
ほんの一瞬の船旅を経て出羽島の港に降り立つ。周囲約4Kmのこの島に自動車なんてものは走っていない。自転車か、ねこ車と呼ばれる手押し車に対岸の町のスーパーで買った食材などを乗せて、みんな港からえっちらおっちら運んでいる。祭りの神輿でも運べそうなくらいな大きさだ。船に同乗していた島のおじいちゃんと、観光客らしき青年数名は、下船後、ゆるりゆるりと急ぐこともなく各々の場所へ消えて行った。
残ったのは、私と船員さんだけ。あたりを見回しても宿主らしき人の姿はない。困った。宿の場所がわからない…。「宿? あ~! 西さんトコか! あの(港を挟んで)向かい側のちょっと高いトコにある黄色い塀の家」そう言って船員さんは宿の方を指さした。
港をぐるっとまわるようにして、歩くこと約5分。辿り着いたそこは玄関も窓も開けっ放し(暑い盛りの8月に訪れたので、当たり前と言えば当たり前なのだが)。
「こんにちはー」何度呼んだだろう。うんともすっともへっとも返事がない。勝手にあがるのも気が引けるので、とりあえず宿主・西さんへ電話をかけてみる。「あー。草刈り中なんで、適当に上がっててください」と。おおぅ! 古き良き時代のステキなゆるさ。私は島のこういうゆるさがたまらない♪後から聴いたトコロによると、この島で50代の西さんは若手組。なので、島内の体力仕事に日々引っ張りだこなのだそう。あっちの家の草刈りが済んだら、次はこっちの家の草刈へ。まるで、出羽島というアパートの管理人さんのようだ。
この「出羽島ゲストハウス シャンティシャンティ」は、もともと、西さんの友人一家が島に移住して住んでいた家。その一家が島を去る直前、友人に会いに島に来た西さん(当時36歳)。その1回で、出羽島がすっかり気に入ってしまい、一ヵ月後には友人一家と入れ違いで大阪から移住して来たのだそうだ。島民になって、かれこれ18年ほどになるという。昔は、島の漁師としても活躍し、現在は春から秋まではゲストハウスを、冬季は島外で潜水士の仕事をしている。
まだ、外も明るい夕刻。「うち、民宿みたいなゲストハウスなんですよ~」そう言いながら、夕ごはんが一皿ずつ目の前に運ばれてくる。
なんですか? フレンチのフルコースですか?! というようなゆったりペースで運ばれてくるお料理の数々。しかも、盛り付けも、とっても繊細。ぷち料亭な気分である。昼間の窓全開のゆるさは、いずこへ? 近くに飲食店がないので別途料金で食事を提供するという田舎型のゲストハウスは多いけれど、コレはもうゲストハウス域を優に超えてしまっているのではいか。(※ごはんの内容はその時々で変わります)
この日、私の他に、もう一組ゲストが居た。オランダ在住のベルギー人ご夫妻(60代)。5週間のバカンスを使って、四国八十八箇所の歩き遍路をしに来たのだと言う。テント泊と宿(やど)泊とを織り交ぜた旅のようだ。が、出羽島には八十八箇所の寺はない。ルートからはずれた良き場所もぬかりなくチェックして、こんな小さな島にまでやってくるとは、さすが、西洋の方々の興味と体力はすばらしい! 見習いたい!
「うち、お遍路さんの宿泊も受け入れてて、お遍路さんにはお接待として特別メニューが付くんですよ。って…それなんだけど…(汗)」今日のお接待メニューは、笹の葉の上に置かれた大きな焼きカマス。そう、今、まさに、私がかぶりついた身厚つでプリプリの魚。目の前にあったので、ついつい、私の夕ごはんかと…(汗)。地球の裏側から、はるばるお遍路にやって来た人に、私ってば、なんて失礼な…。英語がまるっきり出来ない私は「ソーリー、ソーリー! 」と、ひたすら繰り返し謝りまくったのだった。その後、お遍路の途中で田舎の夏祭りに遭遇したコトを嬉々として写真を見せて語ってくれたベルギー人ご夫妻。私がカマスにかぶりついてしまったコトも、よかったら、土産話のネタにしてください…(汗)。
この日、四国には台風が接近していた。島内を散策していても「ここは日本? どこか東南アジアの国では? 」と、言うほど肌にまとわりつく湿気が半端ないっ! 島全体がサウナ状態。そのせいなのかどうなのか、やたらとでっかいナメクジさんに、道端で何度もお会いした。山に続く道脇のあじさいなんて、木のように伸びまくっている。ここは、なんだか日本じゃないどこかみたいだ。
ところで、島内で西さんが一番若いのかと言えば、そうではない。なんと、未就学児の男の子が一人いる。超過疎化したこの島には、2軒の小さな商店と、もうひとつ店がある。それも、なぜか、かばん屋が! 観光客もさほど多くないこの地にだ。店の名は「出羽島帆布工房」。男の子は、ココの一人息子なのである。
しかし、なんでまた、出羽島でかばん屋なのか? 「ココは、母の実家なんですよ」と語るのは、店主の佐々木さん。リノベーションされて、新しい風が家の中に吹きつつも、出羽島の家特有のミセ造りもそのまま使われている。建物や島への佐々木さん一家のリスペクトの現れなんだろうなと。まったく関係のないいち観光客のくせに、なんだか嬉しくなってしまう。
ちなみに、ミセ造りとは、軒先の椅子や作業台にもなり雨戸にもなる一石二鳥の便利もの。徳島県南部の漁村に見られる造りだ。
ひとつひとつ自らの手でミシンをかけ、丈夫で質の良いモノを静かな島で、黙々と作り続ける佐々木さん。聞けば、ご実家は京都の呉服屋なんだとか。質にとことん拘るのも納得。最近は、島の畑で藍を育て、藍染作品も作りはじめているのだそう。
「むうちゃんも、島に引っ越してくればいいのに」と、西さん。安い値段で空き家があるとかないとか。「最近、島に引っ越して来たいって言ってる若い人もいるし」と。きっと、西さんと「出羽島帆布工房」の佐々木さん一家が、島で自分らしくマイペースに生活している姿に魅かれて、これから少しずつIターン者が増えるのではないかな? 過疎の島が若返る日も、もしかしたら、そう遠くないのかもしれない。
※以上は、松鳥むうが泊まった時の情報です。諸事情により変更になっている場合があります。
【データ】
出羽島シャンティシャンティ
住所:徳島県海部郡牟岐町出羽島45-2
TEL: 0884-72-3510/090-7574-7879
料金:1泊2食付き6,000円/泊(3日前までに要予約、冬季休業あり)
アクセス:牟岐港から連絡船で約15分、出羽島の港から徒歩約5分
URL:http://www.tebajimaguesthouse.com/
出羽島帆布工房
住所:徳島県海部郡牟岐町出羽島20-4
TEL:0884-72-0075
URL:http://tebajimahanp.thebase.in/
(※出羽島帆布工房の写真は、佐々木敦生さんからの提供)
イラスト・文・写真/松鳥むう(まつとり・むう)
イラストエッセイスト
離島とゲストハウスと滋賀県内の民俗行事をめぐる旅がライフワーク。今までに訪れたゲストハウスは100軒以上、訪れた日本の島は84島。その土地の日常のくらしに、ちょこっとお邪魔させてもらうコトが好き。著書に『島旅ひとりっぷ』(小学館)、『ちょこ旅沖縄+離島』『ちょこ旅小笠原&伊豆諸島』『ちょこ旅瀬戸内』(いずれも、アスペクト)、『日本てくてくゲストハウスめぐり』(ダイヤモンド社)、『あちこち島ごはん』(芳文社)などがある。http://muu-m.com/