焚き火マイスターであり、日本焚き火協会会長、アウトドアライターとしても活動している猪野さん。テレビやYouTubeでは焚き火監修を行ない、アウトドアイベントでは焚き火ワークショップの講師として活動している。著書に『焚き火の本』『焚き火と道具』(ともに山と溪谷社)。
焚き火は幼少期から身近にある生活の術。彼にとって焚き火を愛で、紫煙をくゆらせるのが至福のときだ。
キャンプの目的は、のんびり過ごす時間
キャンプ場に到着したら、まずはお気に入りの場所を探す。
「あれこれやると時間に追われるだけでのんびりできないから、焚き火ができてたばこが吸える場所があればいい。とにかく“のんびり”が最優先だから」
ベース基地を決めたら、必要最小限の道具を広げ、焚き火のためのいい焚き付け探しに出かける。
猪野さんの実家は自然豊かな場所だったため、幼いころから木に囲まれて育った。そのため焚き火は特別なものではなく、伐採した木端を燃やすことも、あくまで生活のための作法。
「焚き火が生業になってからは、山登りしてても、街中歩いていても、これよく燃えそうだなぁ、って目で木を見ていたりします(笑)」
そんな話をしつつ、枯れたスギの葉や、乾いた枯れ枝を何気なく拾っていく。
「この焚き火の準備というか、焚き火をするためのルーティーンが楽しかったりする。でも最近は、枝ひとつ落ちていない綺麗なキャンプ場もあったりしてさ。あれってちょっとやりすぎだよね」
冬になると、最初に落ちたスギの葉を袋いっぱいに集めておく。油分が豊富なので、いい焚き付けになるのだとか。乾いて落ちたての赤茶色の葉ほどよく燃える。焚き付けを抱えて基地に戻ったら、火口(ほくち)の準備をし、焚き火台の前に鎮座する。ファイヤースターターで火花を散らし、あっという間に火をおこし、薪に火を移す。
公共の場ではルールを守ることが大切
普段ならここで一服、紫煙をくゆらせたいところだが、そこは大人のマナーを守る。
「最近は分煙・禁煙化を進めているキャンプ場が増えてきている。それだけ、嫌煙家がいるということを考えるのも重要。だから、喫煙所があればなるべくそこに行きます」
たばこのポイ捨てをしたり、それが山火事につながったり、ルールを守らない人が多いことも、分煙化といった流れの一因でもあるのかな、とちょっと寂しそうに呟く。
喫煙所に場所を移し、旨そうに紫煙をくゆらせる猪野さん。
「焚き火のワークショップをしているときに、火が燻ると、空気を吹き込んで炎をおこしたりするでしょ。よく、“上手ですね”っていわれるんだけど、“たばこを吸っているおかげかな”って冗談みたいに答えることもあります(笑)」
軽快に火おこしする猪野さんのキャンプはいたってシンプル。夜はスキレットで肉を焼くぐらいで、あとはビールを片手に焚き火を楽しむ。
「僕は、中太の薪をよく使うんでよ。太い薪入れちゃうと、なかなか消えなくて寝られなかったり、帰れなかったりするでしょ。後片付けも含め効率を重視するんです」
焚き火は最後まで完全燃焼させる。それも焚き火ストのマナー。
「常に木に感謝を忘れないようにしています。それに、自然のなかで遊ばせてもらってるんだから、来たときよりも美しくするぐらいの気持ちが大切。焚き火は決して非日常なものではなく、日常の延長にあるものなので。また、ほかのキャンパーや自然への敬意や配慮を常に忘れないこと。それこそがアウトドアズマンのマナー・作法だと思うな」
構成/大石裕美 撮影/小倉雄一郎