漁師さんが仕事をするありふれた漁港の岸壁で、リュウグウノツカイの幼魚を網ですくうことができる!? 達人・鈴木香里武さんと岸壁採集をやってみた。
岸壁幼魚採集家 鈴木香里武さん
1992年生まれ。幼少期より海に親しみ、岸壁採集歴は25年以上。世界初の幼魚映像記録多数。荒俣宏さん主宰「海あそび塾」の塾長を務める。
岸壁採集って?
岸壁採集とは、漁港の岸壁で魚を探し、タモ網を使ってそれを採集し観察すること。ひと言でまとめれば、「海の金魚すくい」。潮の干満や流れで漁港内にはさまざまな幼魚が集まっており、想像以上の出会いがある。
「いままで500種類を超える幼魚と漁港の岸壁で出会ってきました」
岸壁採集のユニフォームにしているというセーラー服で現われた鈴木香里武さんは、「一期一会」がその魅力だという。
「ハゼなどの身近な魚から、トビウオ、タツノオトシゴ、さらにチョウチョウウオやハタタテダイといった死滅回遊魚(黒潮に乗って流れてくる南の海の魚)やリュウグウノツカイなどの珍しい深海魚まで、一見何もいなさそうな岸壁の“足元の海”でさまざまな魚の幼魚に出会えるんです」
「その上」と続けて…
「誰でも手軽に楽しめる敷居の低さも岸壁採集の良さです」
ひとつは安全性。足元が悪く滑りやすい磯だと、バランスを崩して手や足をグサッとやられることがしばしばある。しかし、岸壁は平らに整備されている。堤防に守られていて海が穏やかなので、波にもっていかれることもない。落下にさえ注意すれば、小さな子供でも安全に海遊びが楽しめるのだ。
加えて、釣りやダイビングと違って特別な知識がなくても大丈夫。しかも、お財布にも優しい。高価な道具を揃える必要がなく、タモ網とバケツだけでOKだ。初期投資はしめておよそ2000円なり! 追加費用も一切不要!
幼魚が集まる3大スポット
ロープがあったら注目
岸壁と漁船をつなぎ留める係留ロープは、幼魚たちの隠れ家。年季の入ったロープには海藻がついていて、エサ場にもなっている。
流れ藻にも潜んでいる
海藻がちぎれて海面に浮かんだ流れ藻は、大海原では幼魚たちの唯一の隠れ家。漁港に入り込んできた流れ藻は、まず最初にチェック!
岸壁の角が狙い目
日陰があり、エサとなるプランクトンが集まりやすい岸壁の角(凹角)には幼魚が多い。凹角には流れ藻も集まるので、それも要チェック。
楽しく遊ぶための採集の心得
漁港は〝漁師さんの仕事場〟です
漁船の帰港や漁師さんの作業を邪魔するのはもってのほか。侵入禁止や(アワビやイセエビなどの)採集禁止といったルールを守り、〝招かれざる客〟にならないように。
魚体を直に触らないでください!
バケツから観察ケースに移すときなど、ほんの数秒でも手で触れると、魚は大やけど状態になる。カップなどを使って丁寧に扱うこと。また、観察後は海に帰そう。
岸壁採集をやってみよう!
というわけでやってきました房総半島の漁港。さっそく岸壁の足元の海をのぞき込むと──いるいる! 採集ポイントの岸壁の角には小さな黒っぽい魚やソラスズメダイ、海中に伸びたロープにはハタタテダイ、そのまわりをアオリイカの子供が大群で漂っていた。
「幼魚は泳ぐ力が弱いので、風や潮の流れなどによって漁港に運ばれてきます。漁港は大きな魚に襲われる心配が少なく、波も穏やか。隠れ家も多いので幼魚にとってはとても安全な場所です。だから、いろいろな幼魚と出会えるんです」
香里武さんが最初に狙ったのは岸壁の角。静かに網を海中に入れると、壁面と網の間に隙間をつくらないようにしながらスーッと真上に引き上げた。
「採れました!」
網に入っていたのは、上からは黒っぽく見えていた小さな魚。バケツに入れ、観察ケースに入れ替えて見てみると、黄みがかった白と黒の縞模様で体長1・5㎝ほどの幼魚だった。
「オヤビッチャです」
続いてロープ付近でボラの仲間の幼魚(おそらくオニボラとのこと)をゲット。あいにく流れ藻が少なく、そこに隠れている魚とは出会えなかったが、1時間足らずの間に2種類のかわいい幼魚とご対面。岸壁採集初体験の記者は大満足だった。
「今は干潮なので流れ藻が少ないんです。岸壁採集におすすめの時間帯は、外海から海水が流れ込んでくる満潮時刻の前後。満潮だと岸壁の上から海面が近いので、網を入れるのも楽ですしね」
季節によって異なる幼魚と出会える──オールシーズン海で遊べるのも岸壁採集の魅力だと香里武さんはいう。これから迎える冬は、海水温が低下して深海魚の幼魚が浅瀬に上がってくる季節。運が良ければリュウグウノツカイの幼魚と出会えるかもしれない!? それどころか、そもそも稚魚や幼魚は研究が進んでいない分野なので、「世界初、×××の採集・撮影に成功!」といった可能性さえあるのだとか。手軽でありながら、奥が深~い岸壁採集。ぜひトライしてみてはいかが。
今回ゲットした幼魚
オヤビッチャ
「漁港には稚魚が流れ藻に付いて入ってきます。少し成長した幼魚は漁港のあちこちで群れをなしています」
オニボラ
「ボラは種類が多くて同定が難しいけれど、おそらく南洋系のオニボラでしょう。銀色に輝く体が特徴です」
※構成/鍋田吉郎 撮影/小倉雄一郎