英ロングトレイル「COAST TO COAST」村の自然も美しい!

2019.07.22

DAY 8【Keld to Reeth 総距離21km】

今朝は9時半頃までゆっくりと寝て、近くの滝まで朝散歩。余裕をかましていたら、いつのまにかスタート時間が10:45を回っていた。

KeldはC2Cのちょうど半分の距離にあたるということで、感覚的にはここからが折り返し地点ということだ。

今日はYorkshire Dale 国立公園の真ただ中を歩くことになる。ガイドブックによると、Keldが位置するSwaledaleのエリアはローマ時代より鉛の採掘産業が盛んで、19世紀は非常に活気があったとか。鉛は配管、造船、そしてロンドン塔などといった屋根ふきなどに使われた。また、特にイギリスが当時積極的に開発していた最先端の火薬にも使われたことで、19世紀半ばにおいては世界の鉛の採掘量の半分も占めていたという。

しかしその後、南アメリカで次々と鉛の採掘が行われ、低価格での輸入が可能となったことで、このあたりは大打撃を受け、一時はゴーストタウンのようになってしまったという。近頃は私たちのようなウォーカーや、1957年に Yorkshire Dale National Parkが制定されたことで、 観光業で人が戻り経済がまた復活を遂げたという、波あり谷ありの趨勢を遂げてきた地域といえる。

今だに各村には必ずと言っていいほど立っている赤い電話ボックス。

Pennine wayを示すサインポスト。

イギリスを縦断するC2Cルートは「イギリスの背骨」とも称される北イングランドから南スコットランドに掛けて伸びるペナイン山脈(Pennines) を縦断する全長429km のPennine Way(ペナイン・ウェイ)を一瞬交差する。Pennine Wayはイギリスの公式長距離フットパス第一号で平均3週間かかるとされているが、いつかこれも歩いてみたいものだ。

地図でルートを確認し合うアリーと“ヤング”・ニール。

はたまた、“ヤング”・ニールが後ろから追いついてきた。彼は天気があまりさえないものの、ウェインライトがガイド本で記載した高地を歩くhigh-routeを選択するという。High-routeは鉛採掘活動の傷跡が残る箇所が随所に点在するということで、興味はあったが、やはりキャンプ道具を担いでいる私たちは、体力を考え、Low-routeのSwalesdale渓谷の川沿いのルートを歩くことに。

谷間を歩くルートでも時折、産業時代の残骸がそのまま残っているのが見受けられた。

まるで「チャーミーグリーン」のCMのようなのどかな一コマ。

ザックが邪魔にならないよう、つま先立ちで石壁を何とか通り抜けるジル。

お手製のゲーターを履いた元気な72歳のジルとしばし歩く事に。平らな牧草地を歩きながら、イギリスがウォーキング大国になるきっかけになった歴史について話してくれた。それは、1932年の「キンダー•スカウト事件 Mass trespass of Kinder Scout」のことだった。

イギリス Peak districtの中のKinder Scout丘は当時私有地だったものの、あえてそこを目指して勇気ある400-500人もの市民が集団侵入を強行し、「自然はみんなで楽しむべきもの」だと自由に歩き回る権利を訴えた。結果、6名が逮捕され、世間で話題になる。

こうしたランブラーズ協会(英国最大のウォーキング団体)の活動によって「通行する権利」に注目が集まり、それ以降、数々のフットパスが作られていった。ついに2000年には広野や田園地域を自由に散策する権利Rights to Roam (田園地域及び権利通路法 2000) も制定されたという。

「ウォーキングを愛する沢山の人々の活動と熱意があったからこそ、今、私たちはウォーキングを楽しめているのよ」と、話してくれた。

田園地帯を抜けると、小さなパブに辿り着く。休憩することにし、外のベンチに座り、彼女はピッチャーに入ったエールをぐいぐい豪快に飲み干した。

衛星を利用して、位置情報、緊急シグナルが発信できるSPOT。

休憩中、一人でC2Cを歩いている20代の女性ベッキーがザックにSpotを装着していることを発見。 彼女いわく、家族はSPOTが発信している位置情報を常に確認できるので、さほど心配していないわ、と笑いながら話してくれた。一人で山歩きをするには必需品だと言える。

Healaughの小さな村を歩き抜ける。

コミュニティーで犯罪防止をしてまっせー! というシュールな看板。

生活圏にある手入れが行き届いた自然も、大自然とは違った美しさや趣がある。

岩壁に沿ってたわわに実るリンゴ。

色鮮やかな花の鉢も多くの家の外に飾られている。

赤い電話ボックスと見事に調和したミニガーデン。

イギリスの田舎の建物の入り口横には住人の名前ではなく、色々な名称をそれぞれの家主がつけていて、 それらもそれぞれ個性があって面白い。

「The Old School」は直訳すれば「古い学校」を意味するが、「保守的、もしくは古くて魅力的」という意味も兼ねそろえている。

Harkerの丘が家から楽しめるのだろう。

蔦に覆われたGarden House。

ヒースの絨毯に覆われた丘の麓を流れるSwale川を目指す。

ゼラニウム・プラテンセ 英名:Meadow Cransbill

ヤコブボロギク 英名:Common Ragwort

川沿いに咲く花々を横目に見ながら歩き、本日のゴール地点Reethに到着。

Reeth村のガーデンの色々鮮やかな花々が歓迎してくれた。

村とはいえ、羊はいるが人がほとんどいない。

今宵のキャンプ場The Orchard Caravan Parkに到着!

チェックインする際に、オーナーに私が持っていた最新のガイド本に、”Enthusiastic owners”、つまり「熱意溢れるオーナーが経営するキャンプ場」として紹介されているよ、と伝えると、子どものように無邪気にはしゃぎ、 妻にも見せたいからガイド本を貸してくれないか? とせがまれる。もちろん、どうぞ! と言って、ガイド本を渡すと、しばらくして、大きな笑顔で妻も大喜びしてたよ、と言いながら、お礼に紅茶を出してくれた。

やはりお決まりのストレートのイングリッシュティー。

イギリスではこうしたCaravanパークが大人気。

テントを設営し、紅茶で一息つき、夜ご飯を食べにReethの村へと向かう。

可愛らしいTEAROOMまであり、入るか迷ったが、夜ご飯前だったのでここは我慢。

Reethは鉛産業で栄えた19世紀は首都的機能を果たし、昨日のKeldと同様に一時は産業の衰退とともに元気をなくしたというが、今は私たちのようなC2Cウォーカー効果もあり、観光で盛り返しを見せているという。

郵便局に併設しているお土産物エリアにはC2Cグッズが色々置いてある。

マグカップにはC2Cの特徴が要約されていた。

  • 14日間、歩き時間88時間
  • 3つの国立公園
  • 1973年にアルフレッド・ウェインライト によって考案
  • 西から東へ
  • 総カロリー消費量14,000
  • 最高地点Kidsty Pike 780m

買おうかどうか、しばらく迷ったが、冷静に考えると、これ以上ザックが重くなるのは避けたかったので断念することに。

それより今必要なのは、行動食! 道中はほとんど買うことが出来ないので、中継地で購入しておくことをオススメする。

18時をまわり、急激にお腹が空き、The King Arms パブに駆け込む。

ここにも大人気のBlack Sheep エールが!

ビーガン料理をたのむと、こちらもはたまた豆カレー。

円柱型に盛られた一見ライスに見えるのは、小麦から作られた北アフリカ原産の粒状のパスタ「クスクス」。豆料理がとにかく多いので、食べ過ぎで、たまに鼻から豆が出そうになるが、やっぱりスパイスが入ったカレーは毎日食べても飽きがこない。

クスクスはライスと比べ、軽くお腹に入ってしまいなかなかお腹が膨れないので、ポテトフライを追加注文。食欲旺盛すぎるため、何度もポテトを注文し、さすがに4回目にまたを注文した際には、ウィーターの人に「え?!まさか冗談よね?!」と笑われた。「いや、本気です」と告げ、ほくほくポテトを食べ、さらに私はデザートへと進む。

パブでは食事に専念しているだけでなく、近くの郵便局で購入したハガキにメッセージも書いた。当時、闘病中だった叔母にYorkshire Dalesの色鮮やかな景色を見てほしいと思い、沢山の写真が掲載されたハガキを選んだ。ハガキはメール違って、ハガキ選びから始まり、切手を買ってポストに入れるという作業が入るために少し手間がかかるけれど、その分愛情が詰められる感じがしてやはりいいものだ。

日本に暮らす両親や知り合いにもハガキを書き、ポストに投函し、キャンプサイトへと戻る。

今日もよく歩き、よく食べた。テントに崩れるように潜り込み、ぐっすり寝ていたところ、はたまた夜中に「ボキッ!!!」

とうとう、二度あることは三度あり、3本目のテントポールが折れてしまった。 やれやれ、どうしたものか。テントポールのリペアはポール2本分とスリーブ1つしか持ち合わせていない。しかも、今後、すべての箇所で宿が取れる保証はない。さあ、どうしたものか…。ただ、とりあえず今考えてもしょうがない。明日は明日の風が吹くことを信じよう!

(実際歩いた距離 26km, 39,126歩)
写真・文/YURIKO NAKAO

プロフィール
中尾由里子

東京生まれ。4歳より父親の仕事の都合で米国のニューヨーク、テキサスで計7年過ごし、高校、大学とそれぞれ1年間コネチカットとワシントンで学生生活を送る。
学生時代、バックパッカーとして世界を旅する。中でも、故星野道夫カメラマンの写真と思想に共鳴し、単独でアラスカに行き、キャンプをしながら大自然を撮影したことがきっかけになり、カメラマンになることを志す。
青山学院大学卒業後、新卒でロイター通信社に入社し、英文記者、テレビレポーターを経て、2002年、念願であった写真部に異動。報道カメラマンとして国内外でニュース、スポーツ、ネイチャー、エンターテイメント、ドキュメンタリーなど様々な分野の撮影に携わる。
休みともなればシーカヤック、テレマーク、ロードバイク、登山、キャンプなどに明け暮れた。
2013年より独立し、フリーランスのカメラマンとして現在は外国通信社、新聞社、雑誌、インターネット媒体、政府機関、大使館、大手自動車メイカーやアウトドアブランドなどから依頼される写真と動画撮影の仕事と平行し、「自然とのつながり」、「見えない大切な世界」をテーマとした撮影活動を行なっている。
2017年5月よりオランダに在住。

好きな言葉「Sense of Wonder
2016 Sienna International Photography Awards (SIPA)  Nature photo 部門 ファイナリスト
2017  ペルー大使館で個展「パチャママー母なる大地」を開催

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