カリフォルニア州ヨセミテ国立公園内に位置するエル・キャピタンに挑んだフリーソロ・クライマーのアレックス・オノルドを追うドキュメンタリー映画『フリーソロ』。文字通りの前人未踏にしてケタ外れのこの偉業に準備の段階から密着、本年度アカデミー賞を受賞したエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ監督に聞く。
――アレックス・オノルドは、監督から見て、どんな人物ですか?
「品格を大事にし、生きる目的をしっかりと持つ人。子どものころは人と話すことが苦手で怖がりだったそうですが、そんな彼が大きな夢を達成するために恐怖と向き合い、苦手なことを一つずつ克服していきました。そうして不可能を可能にした、そんな生きざまは素晴らしいですよね。それはクライミングのスタイルにも表れていて、事前確認を細かく行い、その対処をとことんやり尽します。だからこそ彼は完登できたのだと思います」
――この映画を撮るには多くの葛藤があったはずです。アレックスがエル・キャピタンに挑んだ日、ご自身はどのような気持ちで撮影に向かったのでしょうか?
「いい質問ね。とにかく、怖くて怖くてしょうがなかった。その前の晩、映画にも登場するアレックスの恋人、サンニから電話があってほとんど眠れなかったんです。彼女は心配で心配で、その気持ちを私に電話でぶつけてきて。それでかなり疲れていたけど、撮影が進むにつれ、これはなんて素晴らしいことだろう!と。アレックスの人生にとっても大事な日だったはずだけど、彼はそれを心から楽しんで遂行していた。しかも5時間の予定より1時間も早いペースで登り、後半私たちは彼のそのペースについていくことに必死で。結果的にすべてが完璧に成し遂げられ、私たちにとっても特別な一日になったんです」
――アレックスがエル・キャピタンに挑む姿があまりに静かで淡々としていて、成し遂げた偉業とのギャップが印象的でした。彼が取り乱したり冷静さを失った瞬間はありましたか?
「アレックスのそうした人間らしい瞬間も、映画に入れたつもりです。サンニと車で話す場面には彼の内面が、彼なりに出ていたと思うんです。登るか登らないかごまかそうとしていたのを彼女が問い詰め、彼らしく話の結論を自分の意図するところへ誘導しようとするけど…という場面。それから登り終えたあとや、サンニに電話越しで想いを伝えるところ、そうした場面で彼の人間くさいところを観る人に伝えたいと思って」
――アカデミー賞を取ったときの感想は? 周囲の反応は?
「名前が呼ばれた瞬間に時間が止まり、頭が真っ白になって、世界がぐるぐると回っているようでした。母はいつも私に『なんにでもこだわりすぎて、時間をかけすぎる』と言っていたけど、『細かいところまでこだわって、すごくがんばった!』とほめてくれて。ここまで反応が変わるの!? と思って面白かったです」
――次回作の予定は?
「パタゴニアの創設者、イヴォン・シュイナードさんと自然保護活動家のクリス・トンプキンスさん、そしてクリスさんの夫で2015年に亡くなったノース・フェイス創設者、ダグ・トンプキンスさんの自然保護活動を捉えたドキュメンタリーを制作中です」
『フリーソロ』(配給:アルバトロス・フィルム)
●監督:エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ ジミー・チン ●出演:アレックス・オノルド ほか ●9月6日~新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
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取材・文/浅見祥子