前回訪れた南太平洋の秘境、マルケサス諸島ヌクヒバ島から南に下ること約40キロ、今回の舞台となるウアポウ島にやって来ました。火山活動によって生み出された天を突くような無数の玄武岩の岩柱が特徴的な島で、海から見てもその荘厳な姿がまず最初に目に飛び込んできました。
マルケサス諸島で噂のチョコレート村

秘境中の秘境といえるこの島ですが、なんと自給自足で絶品チョコレートを作っている名物おじさんが暮らしているらしいのです。「秘境×チョコレート」……意外な組み合わせには心惹かれてしまうものです。
今回は島を散策しながら、マルケサス諸島で噂のチョコレート村を訪ねてみることにしました。ぜひ最後までお付き合いください。

錨を下ろしたら、さっそく目の前の港から上陸します。

チョコレート村を目指して島の奥へ
港から少し進んでいくとすぐにカラフルな建物の学校が見えてきました。ちょうど休憩時間のようで子供たちが外で遊んでいる姿が見えたので、少しだけ見学させてもらいました。


海の上の道を進むヨット旅で訪れる場所は、大航海時代にヨーロッパ諸国が世界の海へと進出していった歴史を辿るような一面があります。それを実感する場面のひとつが言語で、英語、スペイン語、フランス語を操ることができたら最強だと常々感じています。ヨーロッパ圏出身のセーラーにはそんな最強トリリンガル(3か国語以上も!)が結構いて、羨ましく思うこともしばしば。
ここマルケサス諸島には紀元前300年頃にはすでに人が定住をはじめていたといわれていますが、ヨーロッパ諸国でこの島々を最初に発見したのはスペインの探検家一行でした。その後、フランスが支配権を獲得し、現在もフランスの海外領土となっています。そのため、現地語のマルケサス語に加え、公用語としてフランス語が使用されています。(公用語はフランス語とタヒチ語)。
最近ではAI翻訳の精度も一気に向上して、旅をするだけならよっぽど困りませんが、それでも自分の言葉で伝えられるってやっぱり素敵ですよね。子供達はそんなことはお構いなしですが、相手の言葉や文化を理解することの大切さは伝えていきたいと思っています。
噂以上の美味しさに感動!
学校のみんなに一旦お別れをして先へ進むと、なんとエルサルバドルで会ったベルギー人セーラーカップルを発見! この時期マルケサス諸島に多くの数のセーリングボートが集結しますが、出発地はメキシコからが圧倒的大多数で、エルサルバドルからはかなり少数派。嬉しい再会、お互いの無事を喜び合いました。
そして、そのベルギー人セーラーたちが噂のチョコレートを絶賛していたのです。チョコレートの本場、ベルギー人のお墨付き。これはかなり期待が高まります。
ココナッツ、スターフルーツ、パパイアなど南国の果実が豊かに実る木々を横目に島の奥へ奥へと進んでいきます。

さらに島の奥へと足を進めると、ついに『ウアポウ島のチョコレートマン』ことマンフレッドさんが自給自足で暮らすチョコレート村に辿り着きました。

しばらくすると、犬の大群を引き連れた奥様がお迎えに来てくれました。

マンフレッドさんは、40年近く前に旧東ドイツからタヒチへ渡り、さまざまな職を経験したのち、ウアポウ島でマルケサス諸島出身の奥様と一緒に自給自足の暮らしを営みながらチョコレート作りを始めたそうです。まったくの素人だったにも関わらず、ジャングルを切り拓いてカカオを植えるところからはじまったマンフレッドさんのチョコレート作り。その情熱には並々ならぬものがあり、カカオの栽培からその他の素材もほぼ自給して、今ではヨーロッパの一流シェフにも認められるほどのチョコレートを生み出しているのですから、頭が下がります。
お話を伺いながら、南国のフルーツや唐辛子など様々なフレーバーのチョコレートを試食させてもらったのですが、東ドイツ時代の怪しげな職業の話や、壮絶な体験、柔道の達人として国を代表する選手だったことなど、エピソードのインパクトが強すぎてチョコレートの味が霞むほどでした。
肝心のお味は……噂以上の美味しさ!
目の前のミステリアスなオジ……いや、紳士が作り出してるとは思えない、お洒落味のチョコレートの数々にはイナヅマ級の衝撃が走りました。

時には秘境のジャングルで、絶品チョコレートに出会うこともある。東ドイツで生まれて、マルケサス諸島でチョコレートマンとして人生を送ることもある。甘いだけではないチョコレートにも似た、人生の妙味を知ったような気がします。70歳を超えているマンフレッドさん、奥さんと共にこれからも元気にチョコレート作りを続けていただきたいです。
滝で水浴び、磯遊び、BBQで秘島の暮らしを垣間見る
チョコレート村を後にして、港への帰り道、地元の人の憩いの場所でもある滝にお邪魔させてもらいました。この連載でも度々触れていますが、船旅では水が何よりも貴重。エンドレスで流れる滝は長期航海をしているセーラーにとって、何よりも嬉しいご褒美なのです。

港に戻ると、学校終わりの子供たちが港で遊んでいました。みんなまだまだ元気いっぱいの様子。


ウアポウ島は火山由来の島のため海岸線の多くは切り立った岸壁になっており、ゴロゴロと小石が転がるわずかな幅のビーチと干潟が遊び場になっていました。そんな浜辺にはこんな宝物も。フラワーストーンと呼ばれる世界的にも珍しい石は、水に濡れると花びらのような模様が浮かび上がり、美しく彫刻された作品がウアポウ島の名産品のひとつになっているのだそう。

夕暮れ時まで遊んでいたら、地元のファミリーが釣ってきたばかりの、新鮮な魚を使ったBBQをご馳走してくれました。お父さんがアウトリガーカヌーを担いで、コンビニにでも行く感覚で夕ご飯を釣りに行く姿がなんとも印象的でした。船旅をしていなかったら出会っていなかったであろう、言葉も文化も異なる遠い遠い島の人たち。ここでの温かなおもてなしを忘れません。
南太平洋の秘境を巡る旅は続く
さて、エルサルバドルから31日間かけてたどり着いたマルケサス諸島の旅はここでおしまいです。
マルケサス諸島は、南太平洋の島々としては珍しく台風の来襲がない上に、恵まれた気候で食べ物は豊かに実り、水も豊富、まさに楽園を絵に描いたような場所でした。基本的な生活に困ることがないため、古くから芸術文化が花開いたとされ、その美的な精神の現れは家の生垣の美しさや彫刻作品、芸術的な刺青など、島の随所に見られました。


ヌクヒバ島で出会った女性が、「ここで暮らせて本当に幸せよ」と言っていたことが胸に残っています。私たちもいつか旅を終えるときは、そんな風に思える場所で暮らしたいものです。
今回訪れることは叶いませんでしたが、日本にもファンの多いフランスの後期印象派の画家ポール・ゴーギャンやベルギー生まれのフランス人歌手、ジャック・ブレルが最晩年を過ごしたヒバオア島など、マルケサス諸島は他にも魅力的な島々で構成されています。ジャック・ブレルが歌う『遥かなるマルケサス諸島』(原題「Les Marquises」)は、島の情景が浮かび上がるような詩的な世界感があります。
興味のある方は、ぜひ聞いてみてくださいね。現地を訪れてみたいという冒険好きな方には、タヒチ発の飛行機や貨客船Aranui5、ポール・ゴーギャンの名前を冠したクルーズシップでの島巡りがおすすめです。
フランス領ポリネシアの海洋面積は、EU加盟国すべてを合わせた総陸地面積よりも広く、今回訪れたマルケサス諸島の他にツアモツ諸島、ソシエテ諸島の3つのグループに大きく分けられます。それぞれに異なる文化や地理的特徴を持っており、火山由来のマルケサス諸島のお隣には珊瑚礁が隆起してできたツアモツ諸島が広がっていたりと、非常に多様性に富んでいます。世界で一番大きな海は広大で、まだまだ南太平洋の秘境を巡る旅は続きます。
それでは、また次回!








