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オトナの贅沢カンパイ旅 in 岩手県沢内街道〜秋田県横手市

歩いた人 福瀧智子
登山やアウトドア系メディアで活動する編集ライター。昨冬は岩手・秋田を滑り歩いた。山を下りれば温泉→産直→湯治自炊宿をはしごし、お酒と美味なるものを欠かさない。
古道歩きで自分ごと熟成ハイキング。峠に抜ければ絶景が待っていた
「沢内街道って知ってる?」
友人ハイカーにそう耳打ちされたのは、昨冬の秋田の居酒屋だった。聞き慣れない名に好奇心を抱きビール片手に検索してみると、交易路として岩手と秋田を結ぶ歴史古道とあった。そのまま脳の片隅に寝かせていたのだが、ビーパル編集部から「グルメハイキングを取材せよ!」との号令で存在が急浮上。今回の舞台に決定した。
同行者は山と発酵食品に目がないフォトグラファー・田渕女史。行き先が「発酵のまち」横手市も含めるのだと伝えると、「いぐ!」と即答。その食いつきぶりは、もはや微生物の化身かと思うほど。かくしてオンナふたりの“山×発酵”の二段仕込み珍道中が幕を開けた。
山のスタートは岩手県和賀郡の登山口だ。沢内街道はかつて盛岡から横手へ抜ける交易の道として使われ、江戸期には番所もあったそう。生活のため人々が米や海産物、鍋釜を背負い、冬は雪深い峠を越えて往き来したという。その最高地点が岩手と秋田の県境にある白木峠だ。
登山口から歩きだすとすぐに深い森が広がった。苔むした岩や倒木が歴史の深さを感じさせ、見事なスギの巨木もそびえ立つ。一歩ごとに時代を遡るような感覚だ。
しかし道はところどころ足元がぬかるみ、落ち葉で滑りやすく、ピンク色の目印を頼りに歩く箇所もあった。湿った空気に体温は上がり、無数のクモの巣を棒で払いながら進むうち、ジワジワと自分までも発酵していくような気分になる。
歩き始めから1時間と少し経ったころ、白木峠に到着! 山頂だけぽっかり開け、岩手や秋田の山並みが青空に映えた。本道は横手方面へ抜けるが、今回は来た道を戻ることに。岩手側のピストンが地元ハイカーの間ではポピュラーらしい。
さて本番(?)はここから。
下山後は車で20分弱、横手市の「道の駅さんない」へ直行すると、漬物「いぶりがっこ」の想像を絶する品ぞろえが待っていた。聞けば一帯は一大産地だそうで、「これはアカンやろ!」と大阪出身・田渕女史が目を輝かせ爆買いモードに突入。車のトランクが漬物屋さんの車のようになっていく……。
横手は古くからの発酵文化が息づく街だ。漬物はもちろん、味噌・醤油、日本酒、ハードサイダー(シードル)などまで、とにかく発酵パラダイス。発酵食品は腸を元気にし、免疫力アップや美肌に効果があるだけでなく、メンタルにも影響する研究結果まで出ているのだから、タフな社会を生き抜く我らにとって、もはや発酵食品は胃袋にしまえるお守りといっていい。
道の駅からそのまま蔵の町・増田に向かい、江戸期から続く老舗の酒蔵でしっとり歴史を浴びつつ、麹屋さんの発酵定食でお腹を温める。トレーにのったすべての料理がどれも滋味深く、味わうたびに体のすみずみまで幸せが行き渡るようだ。
そして今回の旅の終着地は十文字にあるゲストハウス「カモシバ」。敷地内になんと発酵バルを併設している。その料理人・佐藤さんが繰り広げる発酵メニューの数々にはもはや言葉を失うばかり。
塩麹でしっとり仕上げた鶏料理、野菜の甘酒マリネ、地ビールや日本酒とのマリアージュ……。そのおいしさは胃袋を通り越して魂に直撃。最後は夢見心地のまま自室のベッドになだれ込んだ。ああ、これを最高といわずしてなんという!
山を歩いて汗をかき、峠で風に吹かれ、下山後は発酵グルメに酔いしれる。沢内街道ハイキングと横手の発酵三昧は、まさに“ご褒美”の名にふさわしく、五感のフルコース。山も人も菌も幸せそうに息づく岩手・秋田で、熟成発酵を進めながら私たちはうれしい悲鳴を上げ続けたのであった。再訪を誓う!
COURSE TIME 2時間15分

沢内街道 白木峠
601m
岩手と秋田を結ぶ要衝として江戸期には番所も設けられた交易路。現在はハイキングコースとして知られ、白木峠を県境に岩手側は山道、秋田側は山道と林道を繰り返す道を歩く。日本山岳会の選定した「日本の山岳古道120選」のひとつでもある。
START 8 : 00
江戸期に栄えた歴史古道を歩く

スタートは岩手県和賀郡にあった関所跡「越中畑御番所跡」から。明治2年まで183年間続いたそう。
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吹雪で遭難した親子を供養するお地蔵さまも。
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8 : 40

メジャーなハイキングルートではないせいか、道中はクモの巣だらけ。トレッキングポールや落ちている棒が欠かせない。
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9 : 00

ヤブだらけ!
山頂直前、突然道が不明瞭になりヤブ漕ぎ状態に! ちょうど県境あたりで、草刈り担当が替わったのか? と妄想が進んでしまった。
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9 : 20 GOAL

対比が素敵
発酵しそうな森に包まれながら、辿り着いた白木峠。山頂は一転して開け、遠くに連なる山並みが青空に映える絶景だった。

岩手県の山並み。
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抜けて下山。
道中の脇にはミズバショウの群生地である一面の湿原が広がる。春先は白と緑のコントラストが楽しめそう。
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山帰りに立ち寄りたい横手山内地区

直売所「農香庵」には山内地域の生産者が丹精込めて作った朝採り野菜や季節の花、漬物などが豊富に揃う

道の駅さんない
住所:秋田県横手市山内土渕小目倉沢34
電話:0182(56)1600
レトロな街並みの横手市増田町

選べる昼定食
¥1880〜

大正7年創業の「羽場こうじ店」をご実家にもつ鈴木百合子さんが手がける食堂。家庭の麹料理を中心に横手の発酵文化を発信している。
羽場こうじ茶屋くらを
住所:秋田県横手市増田町増田中町64
電話:0182(45)3710

元禄2年(1689年)創業の酒蔵。伝統製法と最新技術を融合した新しい酒造りを行なう。内蔵は見学可能。

まんさくの花。
日の丸醸造
住所:秋田県横手市増田町増田七日町114-2
電話:0182(45)2005
醸してます!横手市十文字町
Hostel & Bar CAMOSIBA
住所:秋田県横手市十文字町曙町7-3
電話:0182(23)5336
学生時代に世界30か国を旅したという阿部円香さんが2017年に地元でオープン。阿部さん自身も横手で100年以上続く麹屋で育ったのだそう。

店舗は元お茶屋だった蔵をバルに、隣接する母屋をゲストハウスにリノベーション。

宿は相部屋と個室がある。取材時、欧米やアジアなど海外旅行者も多数

キッチンで腕を振るう佐藤さん。横手のおいしい発酵食品の情報ツウ!

イタリアン冷奴
¥400

手作りした塩麹バジルソースをのせたイタリアン冷奴。
いぶりがっこクリームチーズ
¥600

いぶりがっこに添えるクリームチーズは1週間味噌に漬け込む。羽後麦酒のビールと。
ハードサイダー(リンゴの発泡酒)
各¥600(S)

カモシバが立ち上げたリンゴの発泡酒ブランド。横手産リンゴで醸造している。宿から徒歩2分。
OK,ADAM
住所:秋田県横手市十文字町大道東88-1-2
電話:0182(23)6316

進んでおります……。
色が変わる濁り湯で有名な横手「南郷温泉」は岩盤浴完備。食べすぎに!
※構成/福瀧智子 撮影/田渕睦深
(BE-PAL 2025年10月号より)
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