
日本で唯一のプロハイカー・斉藤正史さんは、そんなシーニックトレイル全11ルートの踏破に挑戦中です。2024年9月から10月にかけては、アメリカ東部の「ポトマックヘリテージトレイル」と「ニューイングランドトレイル」に挑みました。斉藤さんによるアメリカのトレイルの最新レポート第25回をお届けします。
[ポトマックヘリテージトレイル編 その25]
穏やかな時間、騒がしい胸中
ポトマックヘリテージトレイルを歩き始めて24日目、LHHトレイル4日目。前回も説明したように、LHHトレイルでは主にシェルターに泊まっています。
街からは距離のある森の中のシェルターですが、そこそこ電波が入ります。そこで、早く到着したときや時間に余裕のあるときに、先々のスケジュールを確認していました。

すると、フィラデルフィアで泊る予定の宿を、間違えて女性用で予約してしまっていたことが判明。速攻で男性用に予約変更できないか連絡をしました。一応、アゴタで見ると男性用は空いているので問題ないとは思ったのですが…。とりあえず、その日の夜にバンクハウスを男性用に変更OKという返信メールが届きました。
が、一難去ってまた一難、もう一つの問題が発覚しました。僕は、ポトマックヘリテージトレイルを構成する3つのトレイルのラスト、LHHトレイルを歩き終えたら、昨年(2023年)歩き残したニューイングランド・トレイルに移動しますニューイングランドトレイルの続きは、コネチカット州のウィンザーロックからスタートします。
ウィンザーロックに向かうためには、LHHトレイルを歩き終えたら、すぐにジョンズタウンという街に移動しなければなりません。そのジョンズタウンまでの道のりに問題があることが分かったのです。
LHHトレイルおよびポトマックヘリテージトレイル全体のラストでもある最終日は、5.1マイル(約8.1km)歩いてゴールします。時速2マイルで歩けば、2時間半でゴールする計算です。今の季節は7時30分ごろに明るくなるので、その時間に出発すると10時過ぎに到着します。
そこからジョンズタウンまではバスで移動します。僕は余裕を見て、12時発のバスを予約したつもりでいました。でも、あらためてメールを確認すると、11時発のバスを予約していたのです。
残り1時間でバス乗り場に着かなくてはいけません。トレイルの終点からジョンズタウンの駅まで7.8マイル(約12.4km)。Googleマップでは徒歩で約3時間です。
さすがに歩いていくのは厳しいです。じゃあ、ヒッチハイクするか、タクシーアプリを使うかの2択になるのですが、いずれにしろ近くに車がいなければ時間はかなりかかります。バスが12時出発なら、最悪歩いてでも間に合うのですが…。
※このLHHトレイルを歩き終えてからニューイングランド・トレイルに向かうためにジョンズタウンに移動する件は、自分で書いていてもややこしいと感じます。なぜパズルのように面倒な移動を行うのか、vol.22で詳細を書いているので、暇な方は参照してください。
The Potomac Heritage Trail : MILE321.3
LHHトレイル5日目のシェルターまでは、18マイル(約28.8km)歩きました。LHHトレイルでは、最長距離となりました。いよいよ明日でLHHトレイル、そしてポトマックヘリテージトレイルが終わります。
でも、そんな感傷に浸る余裕はなく、歩いている間はほぼずっと先述した「ジョンズタウンまでどう行こうか」問題が頭の中に居座っていました。
相変わらずというか、この日も誰にも出会わない1日でした。写真も撮らず、ひたすら歩いていると、15時30分過ぎにはシェルターに到着。翌日からは移動でバタバタするので洗濯している時間はありません。
5日間着続けたままのウェアで街に出て、ましてバスに乗ったりするのは気が引けます。ということで、寝床を準備する前に、ウェアを水洗いしてシェルターの外に干しました。


あっという間に日が暮れ、今夜は見回りのレンジャーも来ませんでした。こうしてLHHトレイルおよびポトマックヘリテージトレイルの最後の夜は、一人静かに過ごしました。
いつもはトレイル最終日の前日には日記をめくってみたりするのですが、今回は明日以降の移動の問題がクリアになっていないので、とてもトレイルを振り返るような気持ちになれません。欲張って復数のトレイルを踏破するような計画にせず、着実に1つだけに絞った方がよかったかもしれない…と軽く後悔しました。
天気予報は晴れにも関わらず、夜中に雨が降り出し、やがて土砂降りに。雨に伴って気温が一気に下がり、逆に寝つきやすくなりました。
いつものように、夜明け前に目覚め。しばらく寝袋の中でぼんやりしてから起床します。
とりあえず早めに出発したかったのでライトをつけて朝食を準備し、コーヒーを飲みました。パッキングを終え、辺りが明るくなるまで待っていました。
しかし、7時になってもなかなか明るくなりません。ライトを付けたまま歩けばいいやと気持ちを切り替え、まだ薄暗い中、7時10分過ぎにシェルターを後にしたのでした。

砂漠地帯や暑い季節に、日中の気温を考慮してナイトハイク(夜歩く)するハイカーもいます。でも、僕は景色の見えない中で歩く意味はないと考えています。しかも、夜は動物との遭遇や滑落などのリスクもあるので、ナイトハイクは一切しません。
しかし、今回はその後の移動の問題もあり、例外的にまだ暗いうちから歩き始めました。考えてみると、ライトをつけてトレイルを歩くなんて初めてかもしれません。
辺りが明るくなると、ひさびさに歩く速度を上げていきます。以前、スイッチが入り、ピッチを上げて歩いていて、知人から「よくあんな大きな荷物を担いでウサギみたいに下れるな」といわれたことがあります。
このときも、特に意識することなく、自然とスイッチが入っていました。
残り2マイル(約3.2km)ほどのところで、眼下に道路が見えました。車は全く走っておらず、遠目には、ダートロードにも見えます。
うまくいけば、ここからヒッチハイクしようと目論んでいたのですが、この状況だと厳しいかもしれません。それに加え、タクシーアプリも怪しい。そう思いながら、下りに差しかかったトレイルを一気に駆け下ります。
残り1マイルのマイルポスト付近で、ボーガンを持ったハンターが座っていて驚いたのですが、そのまま何事もなくスルー。その次のマイルポストが見えてきて、そこには70と刻まれていました。何もない森の中。どうやら、ここがLHHトレイルの終わりだと悟りました。

時計を見ると9時。ここから次の移動に間に合うように歩くには、かなり厳しい時間でした。最後のマイルポストから進んでいくと駐車場があり、そこからPA-56という道路に出ます。
ここからジョンズタウンまでは1本道です。タクシーアプリを見ると、30分ほどでピックアップに来るとのこと。ジョンズタウンまで20分かかるので、合計50分で着ける見通しです。
でも、まだ少し時間があるのでヒッチハイクしてみることにしました。とはいえ、車は来ないし、やっと来てもスピードを緩めることなく通過していきます。10分が過ぎ、20分が過ぎた、そろそろ諦めなければいけない時間になりました。
30分まで待ってでダメなら、タクシーアプリで呼ぼう。そう思って、ヒッチハイクを続けていたところ、1台の車が前方に停車しました。駆け寄ってジョンズタウンのバス停に行きたいと伝えると「OK」といって助手席のドアを開けてくれ、僕が乗車すると走り出しました。間に合った…!

どうにか時間通りにバス停に着いたのですが、なんと、目当てのバスが1時間遅れて到着。ひょっとして僕が到着するより先、予定時刻前に出発してしまったのか…などとガッカリしかけたのですが、遅刻でも何でもバスが来てくれたのでOKです。
無事にバスに乗り込み、結局2時間遅れで21時にフィラデルフィアに到着。ホステルで軽く寝て、朝5時30分の始発の電車に乗り込み、去年半分歩いたニューイングランドトレイルの続き、コネチカット州のウィンザーロックを目指したのでした。
ナショナルシーニックトレイル踏破レポのバックナンバーはこちら
※vol.22〜25で紹介したトレイルの様子は、下記の動画でもご覧いただけます。