
「低山って全部備えているのが魅力ですよね」(沢木)
「だからこそ、同じ山に何度登っても楽しめる」(大内)

右:低山トラベラー 大内 征さん 歴史文化をたどって各地の低山を巡る低山トラベラー。ピークハントだけにとらわれず、自然と人の営みに触れながら、知的好奇心をくすぐる山旅の魅力を発信している。 左:ビーパル編集長 沢木拓也 ラフティングがやりたくてワンゲル部に入部。当時から憧れは、野田知佑氏と椎名誠氏。現在、週末田舎暮らしを実践中で、休日は草刈りに追われ、なかなか山に登れない。
沢木(以下沢:「大内さんは月に何座ぐらい登りますか?」
大内(以下大:「ここ10年、3日に一度のペースです。去年、ヤマップのアプリに記録が残っているだけでも1年で70000m以上登ってますね」
沢:「……凄すぎますね。ずっと低山ですか?」
大:「1000座をゆうに超える山頂を踏んできましたが、そのうち約7割が低山です」
山登りをはじめたころは、八ヶ岳やアルプスなどメジャーな山に登っていたと話す。
大:「僕がはじめたころは、アルパインが主流でしたから」
沢:「そう。僕も学生時代ワンダーフォーゲル部に在籍していましたが、そのころは、低山は山に非ずって感じでしたね」
大:「それがいまでは、すっかり低山が注目されていて」
沢:「それだけ山が身近になったってことでしょうか」
低山の魅力は多種多様なり
大:「低山は懐が深いんですよ。初心者に向いた山もあれば、熟練者のトレーニングにぴったりの山もある。低山ならではの町や川や海が間近な絶景、滝や沢、巨石や巨木巡りなど。同じ山に何度登っても、その都度いろいろな表情が楽しめる」
沢:「同じ山に何度も?」
大:「気に入ったら何度でも」
大内さんの気に入るポイントは“道”だとも。
大:「この道どこにつながっているんだろう? って思うとどこまでも歩ける。古道とか昔の廃道とか。人が作った道は旅情があっていいんですよね」
沢:「じゃあ駅から低山も好き?」
大:「いいですね〜。駅から低山までどうやって歩いていくか、その道程を考えるのも楽しい。登山口まで5㎞程度なら普通に歩いちゃうから、途中で弁当買ったり帰りなら温泉寄ったり」
沢:「低山って、楽しみが山登りだけじゃないんですよね。絶景、食、温泉、僕たちが好きなものを全部備えてる」
大:「そうなんですよ。だから、何か目に入ると、ついつい寄り道しちゃう。何時までにどこそこまで行かなきゃ~っていう、コースタイムをはずれることも多々あるから、応用力を持ってないとダメなんですよ」
低い山=簡単な山ではないとも話す。テクニカルな低山や、修験道などハードルの高い山もある。それが低山の面白さだ。
お花見を楽しめるオススメの低山は
今回は、春の低山ということで、花見が楽しめる低山を案内してもらった。
大:「僕は歴史や神話、民俗学などの分野にもともと興味があったんですが、登山をはじめるとそういう話があちこちにあって。とくに低山のほうが生活圏に近いぶん、それらがより色濃く残っているんです」
行き先とした千葉県房総半島の富山水仙遊歩道も同様だ。房総は花の栽培で知られ、なかでもひときわ温暖な南房総はスイセンの名所で、江戸時代から栽培され、江戸御府内に向けてたくさん出荷されてきた。
沢:「花見のために低山に登ったりもするんですか?」
大:「最初は興味なかったんですけど、ニリンソウの群生が斜面を覆っている姿に感動して」
それが岩手県の種山ケ原に位置する、物見山だ。
大:「宮沢賢治が星を眺めるのに通った山で、『風の又三郎』の着想を得たといわれています。山頂は360度見渡せて、花もロマンも絶景もある。5月のツツジの時季も素晴らしいですよ」
山形県、摩耶連邦の北縁に位置する熊野長峰のミズバショウも、一見の価値あり。ここで山好きカメラマン矢島慎一さんが会話に加わる。
矢:「大内さんと一緒に行った山梨県の羅漢寺山もよかったね」
大:「僕は金峰山の修験道、御嶽古道を歩きたくて入ったけど、花なんて咲いてた?」
矢:「ヒトリシズカとかフデリンドウとか咲いてたよ」
大:「ほかに衝撃を受けた低山ってある?」
矢:「津軽半島にある靄山は忘れられないなぁ。カメラマンになりたてで、ビーパルでの初仕事だったかな? 形がいい山なのに天気悪くて、登っても何もできなかった。麓でおばあちゃんが広げていた店を撮ってごまかした気がする(笑)」
地元の名産に舌鼓を打つのも一興
山頂にたどり着き弁当を広げる。本日は快晴也! 道の駅で買った『さんが焼き』を頬張る。獲れた魚を味噌などと一緒に叩いた『なめろう』を、山仕事の際に小屋で焼いたり蒸したりして食べる、房総漁師の料理だ。
沢:「普段、山食はどんなものを食べていますか?」
大:「テン泊するときぐらいしか食べないんですが、アルファ化米と木の屋の金華さば! これが旨い。行動食になるお菓子は常に持っていきますよ。大福やあんぱん、地元の銘菓もいい。腹持ちもして、元気になる」
夕日を待つ。電車を待つ。何かを待つことを目的とした登山なら、でんと腰を据え、お弁当を広げて食べることも。
大:「そんなときもコンビニで済ませず、わざわざ駅弁を買ったりします。気分が上がるでしょ」
沢:「低山でキャンプはあり?」
大;「ありあり。麓のキャンプ場にテント張って、近くの低山に行くのもいいですよね」
沢:「帰らない良さって、ありますよね〜」
大:「日帰りできる山にあえて泊まる。山で長い時間を過ごせるのがいい。50歳過ぎると、夜が早いっていうのもいいな」
沢:「若いときって、次の日キツくなるのに、何で起きてるんだろう、って思いながら夜中まで酒飲んでましたよね」
大:「でもいまは飲みはじめるのも早いし、一日中野外で動いて飲んだらサッと寝られる」
山でのオススメはふたりとも焼酎。土っぽさが山に合う。
大:「クラフトジンもいいですよ。秋田杉のジンのお湯割りなんて、スギの香りがして、凍える夜にサイコー!」
山頂の風景にしばし見惚れる。
沢:「ここはもう少ししたらサクラが見ごろ。また来たいな」
大:「気に入ったら、何度も通う。時間帯を変えたり、季節を変えたり、目的を変えたり」
そんなふうに山に通いながら、山心や旅心が磨かれ、登山の経験も積み重なっていく。歩くほど、低山が好きになる!
低山トラベラーが教える低山の魅力とは
1 山と町が近く寄り道も楽しい
2 身近なので繰り返し登れる
3 47都道府県すべてに存在する
ごはんも楽しみのひとつ!
JR岩井駅から徒歩15分ほどの道の駅、富楽里とみやまでごはんを購入。さんが焼きとさんがおにぎり2種。
低山トラベラーがアドバイス! 低山の楽しみ方
1 ピークだけでなくテーマで歩く
2 その山の歴史文化を知る
3 山頂から暮らしを眺める
県道89号沿いに入り口の看板があり、竹林と畑を抜けるとスイセンがお出迎え。山頂まではのんびり歩いても20〜30分。
登山中にみーつけた!
ニオイタチツボスミレ
スミレ科の多年草。日当たりの良い山地の丘陵などに育つ。強いにおいが名前の由来。
ホトケノザ
シソ科の二年草。畑のまわりに群生することが多い。葉が茎を包むように段々につく。
ガンチョウザクラ
バラ科の落葉高木樹。関東地方で最も早く花を咲かせることで知られる南房総のサクラ。
トウダイグサ
トウダイグサ科の越年草。道端や畑に生える。茎をちぎると白い汁が出て、触るとかぶれる。
※構成/大石裕美 撮影/矢島慎一
(BE-PAL 2025年4月号より)