漬けものや野菜、果物など地域食材を活用!挑戦し続ける長野・伊那発「イナデイズブルーイング」
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    2024.10.08

    漬けものや野菜、果物など地域食材を活用!挑戦し続ける長野・伊那発「イナデイズブルーイング」

    左から「くらしセッションエール」、「三州IPA」、「鹿塩GOSE」(ゴーゼ)、「森の座」(ペールエール)。

    長野県伊那市の、アルプスの山々を望む伊那谷にできた小さなブルワリーの名は、In a daze Brewing(イナデイズブルーイング)。代表の冨成和枝さんは信州大学で乳酸菌の研究をしていた。出身地の愛知県岡崎から伊那へ移住し、定住の道を選んだ。ビール造りを通して農業や林業とつながりながら、よりよい暮らしを模索している。 

    廃棄される野菜の活路を探して

    中央アルプスと南アルプスを見渡す伊那谷。冨成和枝さんは信州大学の学生時代を、ここ伊那で過ごした。自然、生命、農産物、それらへの興味が強かった冨成さんは農学部に進学。生命の真理を求めてニワトリの細胞を研究していた。

    しかし、その後に進んだ大学院での研究テーマは乳酸菌。学部と院で研究テーマをガラリと変えるのは異例だが、「食品メーカーで働きたい」と、卒業後を考えての選択。発酵食品は大好きだった。

    希望の食品メーカーに就職後、目の当たりにしたのが、大量に廃棄される規格外の野菜だった。それの有効活用は生産者が抱える課題解決の一助になる。冨成さんは規格外の野菜を利用した調味料の開発に取り組んだ。

    乳酸菌の知識を活かすとき……しかし現実のビジネスの世界はそう簡単には進まなかった。廃棄される野菜は山とあったが、それを定期的に商品化することの難しさに直面した。

    就職後に冨成さんが出会ったもうひとつがクラフトビールだ。2012年、まだクラフトビールという名は知られていない時代だが、地産の大麦や小麦、米などの農産物を意識的に取り入れているブルワリーはいくつかあった。

    規格外の農産物も利用できるかもしれない……。大きな食品メーカーでは難しくても小さなブルワリーならできるのではないか。農業とビール造りが頭の中でつながった。

    イナデイズブルーイングの冨成和枝さん。大学時代の6年間を過ごした長野県伊那市の自然が好き。木樽で熟成させるバレルドエイジにも挑戦している。

    特に冨成さんが好きなのはベルギービール、中でも「ランビック」と呼ばれる酸っぱいビールだ。初めて飲む人はきっと驚くに違いない。とてもビールとは思えない、といってワインとも明らかに違う酸味と深い味わい。乳酸菌が働いている。こんなビールが造れたら……。農業と乳酸菌とビール造りが頭の中でつながった。

    地域資源を活用するならクラフトビール

    こうして冨成さんはブルワーになることにした。食品メーカーを退職。地元愛知県の「HYAPPA BREWS 」で醸造を学び、岡崎にあるHYAPPA BREWS 直営のタップルーム「Izakaya Ja Nai!!(イザカヤジャナイ)」でも働いた。小さな店ゆえ、醸造以外の店の運営にかかわる様々なことを実地に学ぶことができたと振り返る。

    2018年春。伊那に移住した。学生時代を過ごした場所だから、もちろんよく知っている。学生時代からの知り合いもいる。農産物が豊かで水がおいしいことも身を以て知っていた。西箕輪にあった元りんごジュースの加工所 を借り上げ、ブルワリーを創業した。2019 1月に醸造開始。自家製ピザがおいしいタップルームもオープンした。

    規格外の野菜や果物、地域の資源をどんどん活用しよう! 少量ならできるはず……

    「生産者さんのためにもなるしフードロスにもなる、と思っていたのですが、そんな簡単な話ではありませんでした。愛知県では大規模化している生産者が多かったのですが、伊那谷の農家さんは有機野菜に力を入れる方もいれば、家庭菜園のようにこぢんまりした農家さんもいて、規模も目的もいろいろ。それぞれに抱えている課題も違います」 

    醸造やタップルーム運営は経験してきても、生産者と直接、仕入れのやりとりをするのは初めてのこと。どんな作物でも、規格外品はいつも一定量、出るわけではない。一方でビールの仕込みに必要な量は決まっている。仕入れ価格の折り合いがつかないこともある。規格外を商品化する難しさは小さなブルワリーにもあったのだ。

    創業から6年目。地域資源を活かしたいという想いは、少しずつ地域の生産者らに伝わっている。そして同じ思いを共有できる人たちがつくる野菜や果物、地域の文化に根づいた農産物を、冨成さんはビール造りに取り入れている。

    地域の人々と冨成さんをつなぐ場になったのが、タップルームだ。おもしろいビール屋ができたと近所の人たちが飲みに来たし、生産者たちも訪ねて来た。ブルーベリーの規格外が○○キロほどあるんだけれど使えませんか? こんな野菜が採れるんだけどビールにどう? タップルームがそのままビールのショールームになり、営業の場になっている。

    ピザがおいしいタップルーム。冨成さんはビールを造り、ピザを焼き、ビールを注ぎ、お客さんと話す。何でもする。

    木曽の伝統的漬けもの「すんき漬け」がビールの原料に

    個性のはっきりしたビールが多い。中でも印象的なのは、乳酸菌を使った酸っぱいビールだ。

    酸味のあるビール(サワービール)は近年、クラフトビール界で注目を集めつつある。その独特の酸味と爽やかさは、「サワービールしか飲まない」というコアなファンを持つほどだ。

    しかし、国内の大手メーカーから発売されることはほとんどない。乳酸菌はビールに限らず醸造酒にとって 扱いのむずかしい菌だ。大手メーカーほど大きなリスク伴う。その点、小さなブルワリーなら、リスキーであることに変わりはないが、小さいからこそチャレンジできる。

    イナデイズブルーイングの定番の酸っぱいビールは「鹿塩GOSE」。GOSE(ゴーゼ)とは乳酸菌と塩を使った小麦のビールで、コリアンダーシードも副原料で使われている。さわやかな酸味に加え、かすかに塩みを感じる珍しいスタイルだ。

    「鹿塩GOZE」の原材料名には大麦麦芽、小麦麦芽、コリアンダーシード、塩(大鹿村産)、酵母のほか、「すんき(木曽産)」という見慣れないものが入っている。木曽の伝統的な漬けもの、「すんき漬け」のことだ。ビールに漬けものが入っている?

    「大学院の乳酸菌の研究室ですんき漬けに出会いました。乳酸菌というとヨーグルトのように動物由来のイメージが強いと思いますが、すんき漬けは植物由来の乳酸菌による発酵食品です。グリーンなイメージがあるし、歴史と伝統のある漬物。ぜひこれを使いたいと思っていました」

    サワービールの醸造には、選抜された乳酸菌を仕入れて使うブルワリーが多い。しかし冨成さんは、地元でも有名な漬けもの名人から仕入れたすんき漬けをそのまま使う。イナデイズブルーイングならではの乳酸菌の使い方だ。

    「しかも、すんき漬けは塩を使わずにつくられる珍しい漬けものです。木曽の歴史を知ると理由がわかります。木曽は中山道の宿場町でしたが、主に人を運ぶ道なので物流は少なかった。物流には塩尻から伊那、飯田を通って岡崎に至る三州街道が使われ、塩もこの道で運ばれました。いわゆる塩の道ですね。

    木曽では塩が貴重だったため、塩を使わない漬けものが発達したのです。こんなふうに土地の食材を使うことは、この土地の食文化、歴史を知ることにつながります」

    イナデイズブルーイングのフィロソフィーはBrew a better Life。醸し出す商品を通して、「より良い生活とは何なのか」を問いかけ、共有し、伝えていく。

    「自分が暮らしている土地の歴史や文化を知ることは、生活を、さらには人生を豊かにしてくれます。そんな思いをビールに詰め込んでいます」

    たしかに、すんき漬けという漬物の話を聞いてから「鹿塩GOSE」を飲むと、より味わい深くなるし、その土地への想像が膨らむ。

    伊那谷のランビックを醸す日をめざして

    いつか冨成さんの大好きなベルギーの酸っぱいビール「ランビック」のようなビールを造りたいと話す。

    ランビックとはベルギーの首都ブリュッセル南部、ゼンヌ川流域 で醸造されるビールのみに使用される呼称である。そのわけは、この地域にしかいない野生酵母によって醸されたビールだから。

    基本的にブルワリーは酵母メーカーから購入した酵母を使う。最近は酵母を自家培養するマイクロブルワリーが増えているが、多くは買い付ける。

    野生酵母は買うことができない。その土地、その醸造所の建物に棲みついている菌であり、その環境下でしか生息しないからだ。

    「この土地の小麦と大麦と、この土地に含まれる乳酸菌と酵母を使って伊那谷版ランビックを造ってみたいですね。ブルワリーの窓を全開にして」と冨成さんは夢を語る。

    信州大学とコラボしてスモールビジネスの実験にも

    伊那谷では小麦や大麦の生産がさかんだ。有機栽培を行なう生産者も多い。イナデイズブルーイングも自らホップ畑を整備している。

    イナデイズブルーイングのホップ畑。現在3500㎡ほどある。

    イナデイズブルーイングは林業ともリンクしている。伊那市はその8割を森林が占め、林業も盛んだ。イナデイズブルーイングには「森の座」というペールエールがあるが、これは缶に赤松の経木がラベルに封じ込まれた 非常に珍しい缶ビールだ。地元の山の管理をしているNPOと赤松を使った家具製作会社とのコラボビールである。

    母校信州大学と連携できるのもイナデイズブルーイングのアドバンテージだ。たとえばブルワリーから出る麦芽カスは、家畜の研究をしている研究室の牛の飼料に利用されている。規格外の野菜や果物を捨てない。作業工程で出るカスを捨てない。何でもなるべくムダにしない、そうしたことが当たり前のシステムを冨成さんはビール造りを通して考えている。 

    まだ構想段階ではあるが、ビールの生産工程で出る大量のCO2の再利用についても大学と話し合っている。CO2については、大手メーカーはリサイクル設備を進め、カーボンゼロのビール造りに取り組んでいるが、この点、小規模のブルワリーではまだまだ追いつかない。多額の設備費用も問題になる。しかし冨成さんはこう話す。

    「小さくてもできることはあると思うので、地域の技術や大学の研究を活用させてもらいながらCO2のリサイクルを進めていきたい」

    今後の目標については、「豊かな自然があり、森があり、農産物がある。その地の利と、私の母校との人脈をフル活用して新しいコトにチャレンジしていきたい。スモールビジネスでいい。この地域をもっと知ってもらえるように活動していきたい」と語る。

    大学の研究者にとっても、イナデイズブルーイングのブルワリーが小さな実験室になる。地域密着型の研究チームとブルワリーが連携して地域の課題に取り組み、その土地なりの解決策を見出す。小さいからこそできることと、小さくてもやるべきことと。伊那の谷のイナデイズブルーイングのビールから、それらが見えてくる。

    In a daze Brewing 長野県伊那市西箕輪8004-1
    https://inadazebrewing.com

     

    私が書きました!
    ライター
    佐藤恵菜

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