カヌーマラソン、出てみたら

2018.10.03 (閲覧数) 574

【きっかけは当日エントリー】
「50分切ったら大したもんですよ」
応援に来てくれた地元のカヌーショップ、クリアウォーターカヤックスの清水さんの話に「んっ?」と俺は耳を疑った。
50分も漕ぐつもりないんだけど。って言うより、そんなに距離があるのか?
それは自分が速く漕ぐ気で思ったのではなくて、恥ずかしながら当日エントリーしたこの松戸カヌーマラソン。行程・距離さえ確認していなかった。「どんくらい距離あるんですか?」と聞くと、5キロはありますよ、と返答。5キロ?ふえ~。知らなかった。俺はそんなに漕げるんだろうか?

【当日エントリー】
2013年1月。この日のウェアは、寒くないように、頭はノースフェイスのつばのあるニット帽。これは耳まで覆ってくれる。それから偏光レンズのサングラス。3000円くらいのセール品。下着ははっ水性のあるものは持っていなかったので吸水速乾のミズノ製品。さらに万が一沈して濡れてしまってもいいように、肌着はモンベルのアクリルニット。それでも一番上は濡れないように同じくモンベルのカヌー用アノラックを着ていた。この日は1月にしては13度、ほぼ無風のポカポカ陽気だったのでレースが始まる時も、寒さは全く感じなかった。

まもなくスタートとなるエリアでは、川にカヤックを浮かべるのを、大会を主催する松戸カヌー協会の人たちが手伝ってくれる。おかげで、この日のために作ったたくさんのカヌーポート(船着き場)から、足を濡らすことなく乗艇できる。スタート開始30分前から場内アナウンスで早めに水上へ行くことを促され、俺も江戸川に浮かんでスタート地点へ。
コースは上流に向かって漕ぎ進み、大きなブイのあるところで半時計まわりに折り返す。それから下流へと下っていき、スタート地点も通り過ぎてから再び現れる大きなブイで折り返して上流へ、スタート地点と同じゴールを漕ぎぬけるというもの。深緑色をした江戸川は流れはあるものの、非常にゆったりとした速さなので、上流に向かって漕ぐのも全く苦にならない。参加者のタイムは受付時に配布されているゼッケンの中に縫いこまれたセンサーによって自動計測されるので、(川の流れ・風というコンディションに差があるだろうけど)複数回出場すれば自分の成績を比較できるのはありがたい。
スタート地点に浮かんでいるこの時点、自分の実力をわかっていない俺は中央部のしかも最前列に陣取った。これから上流に向かって漕ぐわけで、俺の横・そして後方にこの日は総数350のカヤックが所狭しとスタンバっている。とはいえ、いまだにスタート地点より上流側に漕いでいる連中が10艇ほどいる。常に沈の危険性があるので早くスタートしてよ、という俺の思いは彼らにはきっと通じない。アナウンスが「全艇が水上に出ました。スタートラインが整ったら定刻より早くスタートします」と促すと、スタートラインより上流にいる連中がこちらに戻ってきて、スタンバイが整った。

【達成感VS屈辱】
50分で戻ってきたらスゴイ・・・。だったらスゴイ男になってやろうじゃん。もともとそんなに長い時間漕ぐつもりはない、なんて思っていたら「プアーーーーン」と大きなスタートの合図が鳴った。この時は、この音を毎年聞くことになるとは思っていなかった。

スタートとともにバシャバシャと激しい音と水しぶきを飛び散らせつつ全艇一斉スタート!左右の艇はすぐに俺の前に出て、そのまま引き離されていく。後ろにいたはずの艇も横を通り過ぎて追い抜いていく。スタートから力を入れて漕ぎ始めて30秒も経っていないのに腕が疲れて限界を感じていた。「あれっ、俺、これ以上漕げない・・・」さらに後ろからもまだまだ抜かれていく。腕の持久力が足りない。

とにかく自分との闘いだ。休憩することなくできる限り漕ぎ続けてみよう、と頭の中で考えてとにかく漕ぐ。どんどん抜かれていく。最前列・中央からスタートできる立場ではなかったことがふっと思い浮かんで自分を滑稽に思う。この松戸のカヌーマラソン、スタートは一斉スタートだが、ブロックを前列・中列・後列の3つに分けていて、前列のブロックはスプリント艇・シーカヤック等の速い艇。次のブロックがファルトボートやオープンデッキカヌー。後列が小中学生や高齢者となっていた。

自分を追い越していく人たちの漕ぎ方を見ていると、パドルを漕ぐ速さは皆、自分より速い。そのように速くは漕げない。とにかく惰性で漕いでいると、折り返し点を済ませた艇が左前方から来て、左の方ですれ違っていく。知り合いがいるかどうか確認する余裕など全くない。折り返しのブイに行きつく前に、中列からスタートしただろうファルトボートにも早々に抜かれたときには「やれやれ」と苦笑いもできた。しかし、折り返しを過ぎた後、必死に漕ぐ小中学生の団体に抜かれ、さらに今度は自分の横をお婆ちゃんがゆっくりゆっくり漕ぎながらそれでも俺より早く進み、追い抜いて行くのを見たとき屈辱を感じたが、漕ぐペースを上げて抵抗することもできず、ただ抜かれるだけだった。

結局、一度も漕ぐ手を休めることはなかったのだけど、ナメクジ並みに遅いお婆ちゃんより、ずっと遅くしか漕げない俺もゴールできた(ナメクジより遅いのは何だろう?)。
とはいえ、よく漕ぎ続けたもんだ、という何とも言えない達成感を感じた。しかし、一方で自分に納得できない強い不満を感じていた。タイムは53分。参加した350艇中、298番だった。

ゴールにあと少しの地点で清水さんが土手から見てくれていたのは漕ぎながら見えていた。陸に上がった俺の所に来て「コーノさん、あの漕ぎ方はツーリング漕法でしたね」と言われた。決して馬鹿にされたわけではないと思う。この一言は素直に受け入れられた。周りの大多数が早いサイクルで漕いでいる中、俺にはシャカリキになって漕ぐ力はまったくなかった。ゆっくりゆっくりと漕ぎ進むのが実は俺の全速力だった。これまで茨城から栃木を流れる那珂川で川下りをしていたように、「流れのある川では漕がなくても下流の目的地に着けるのだけど、パドルを持っているから、だったら漕ぐ」ようにしか漕げなかったのだ。

陸に上がると、体が重くってヘトヘトだった。こんなに疲れたのはいつ以来だろう。重さ約20キロのシーカヤック・サスケを車の上に積むのに、持ち上げる力すらなかった。俺の車は、フリード・スパイク。セダンほど低くはないが、決して車高が高すぎるわけではない。しかし、全身がふらついて、持ち上げられなかった。そのころ、まだ他に駐車している車は多く、他の人の車の傷をつけてはいけないと思った。一人では持ち上げるのは諦めて、清水さんに声をかけて手伝ってもらった。この疲れきった俺の状態は清水さんも意外というよりあきれていたかもしれない。実はこの日、日曜日でありながら、この後に仕事で片道2時間かけて相模原に車を運転して行かなくてはいけなかった。清水さんは「ランチも一緒にどう」という雰囲気だったが、相模原に行く前に眠らないともう無理!という体の声に従って、せっかく応援に来てくれた清水さんには申し訳なかったが終わってすぐに自宅へ帰った。帰るとすぐに眠って暗くなってから目的の相模原に向かうことになった。

2013年のこの大会参加以降、毎年数回のペースでカヌーマラソンに参加してます。筋トレの成果もあって、1位を含む上位入賞をできるようになりました。

コーノさん

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