ボルドーの銘醸地で日本人女性が取り組むサスティナブルなぶどうづくり

2019.11.20

シャトージンコ(Château Ginkgo)の百合草梨紗さんと夫のマチュー・クレスマンさん。

 オーガニックでつくったワイン、やっぱり味も違う

世界でサスティナブルな農業が模索されている。ワインの生産現場においては大量の農薬散布が以前から問題になっていたが、フランスも例外ではない。名産地ボルドーでは20年ほど前からワイン業界を挙げてサスティナブルなワインづくりに取り組んできたという。

オーガニックワインは日本でも1990年代から話題にはなっていた。その頃から記者は「オーガニックといっても味はたいして変わらない」という話を聞いてきた。しかし明らかに「違う」と言う醸造家に出会った。しかも日本人の女性醸造家。ボルドーの銘醸地サンテミリオンの、東に10数キロ離れたサンフィリップデグイ村でシャトージンコを営む百合草梨紗さんだ。10月半ばに現地を訪ねた。

ボルドーのサンテミリオン地区より東に位置するシャトージンコのぶどう畑。

 シャトージンコが有するぶどう畑は1.65ha。シャトーとしてはごく小さい部類だ。ここでメルローを栽培している。

百合草さんがワインの世界に引き込まれていったのは20代初めのこと。特にボルドーのサンテミリオンのワインに魅せられ、語学留学生としてフランスに渡った。2000年、21歳のときだ。フランス語を学び、ボルドーの醸造学校で学び、夫となるマチューさんと出会った。2006年、ふたりでネゴシアンの会社を立ち上げた。ネゴシアンとはワイナリーからワイン樽を買い付けて製品化し、販売者に出荷するワイナリーと販売者の仲介者のことだ。約十年にわたるネゴシアン事業を通じて百合草さんは醸造の知識、生産者との信頼関係を深めていった。そして2015年、この小さな畑を購入した。 

ぶどうの樹齢は平均で約40年。中には百年を超える樹もある。これほどの古木が生き残っているということは、ここの土壌が優良であること、前の畑の持ち主がきちんと管理していたことを意味する。「ここは素晴らしい」と、シャトー・ペトリュスの土壌責任者も太鼓判を押したという畑だ。

樹齢百年あまりのメルローの樹。幹が太い。ぶどうの味は濃厚だ。

テロワールの恵みを活かすにはオーガニック

「ここならオーガニックのワインがつくれる」それが百合草さんがこの畑を購入した理由だった。しかもこの土地はお隣のサンテミリオン地区からほぼ同じ、石灰と粘土質の土壌でつながっている。

百合草さんがオーガニックにこだわる理由は、ごく端的に言えば「自然とテロワールの恵みを活かしたワインをつくりたい」からだ。テロワールとはその土地のもつ土壌や地形、気候などに醸される特性のことで、農産物は当然それらの影響を受け、その土地ならではの特徴を備える。その恵みを最大限に活かすためには、農薬の影響を受けないオーガニック以外にない。

それだけではない。ぶどう畑に限った話ではないが、近年の農薬の大量散布は農業従事者をはじめ近隣住民への被害が深刻化し、ボルドーでも大きな問題になっていた。
「農薬が白く噴霧されている光景を見て、子どもたちの健康を考えれば、無農薬栽培以外は考えられないと思いましたね」

コウモリと羊たち。オーガニックの強い味方

農薬を使わない畑には雑多な草花が繁茂し、虫が飛び交う。もともとぶどうは剪定や枝の誘引、葉のカットなど手作業が多い。オーガニックではそこに大量の草取りも加わる。百合草さんによれば、オーガニック栽培の作業量は「農薬を使う場合と比べて約10倍」に増えるそうだ。

そのオーガニック畑で活躍中なのがコウモリだ。近年の研究からコウモリがぶどう樹の害になるハマキガという蛾をエサにしていることがわかった。フランスに生息するコウモリは30種、そのうち22種がボルドーのぶどう畑に生息していることもわかった。
シャトージンコの畑にも「夕方になるとどこからともなく現れて、どこへともなく去っていきます」ということだ。コウモリの巣箱を設けているシャトーもあるという。

体重約10gという小さな体でハマキガを大食いするコウモリ。 (©ボルドーワイン委員会)

草刈りには羊が助っ人になる。毎年春先になるとスペインとの国境をなすピレネー山脈から羊飼いが羊を連れて山を下り、ボルドーにもやってくる。「このあたり一体の草を食べて行ってくれるんです」

畝を耕すのにはトラクターを使うが、「これもいつかは馬に代えていけたらいいんですけど」。最近のボルドーでは農耕馬も人気だ。オーガニックに欠かせないのは微生物だけでなく、動物たちとの共存だと知る。

野生の鹿がオーガニックのぶどうだけを食べて行く

では、肝腎なぶどうの味はどうか? これは「鹿が食べていくのです」と百合草さん。
このあたりは野生の鹿がいて、オーガニック畑のぶどうを選んでつまみ食いをしていくらしい。近隣のオーガニックではない畑のぶどうは食べないそうだ。
「食害といえば食害なのですが、ぶどうに農薬がついていないこと、実がおいしいことの証明でもあるので」とむやみに追い払わない。では、人間が食べるとどうなのか?
「オーガニックでつくったぶどうは皮が厚く、味が濃い。たしかに検査器で分析しても数値に出るものではないですけれどね」
数値で表れなくても鹿にはわかるし、最終的には百合草さん自身がその味を確かめている。

醸造中の樽からテイスティングする百合草梨紗さん。

百合草さんは以前、フランスのネゴシアンが参加するテイスティングのコンクールで優勝したことがある。こんな若い日本の女性が! と驚愕されたらしい。特異な嗅覚、味覚の持ち主なのだ。最終的にはその感覚でぶどうをジャッジし、醸造を行う。

テロワールの恵みを最大限活かしたいシャトージンコでは、メルロー100%のワインは澱引きを1回しか行わない。(通常は醸造中にたまる沈殿物(澱)を何度か抜く作業を行う。)卵白を用いて澱を沈下させる「清澄」(コラージュ)作業も、ろ過も行わない。
「澱にこそワインのうま味が凝縮しているのです」。うま味という表現に日本の出汁に対する発想が感じられる。

ぶどうの枝はバーベキューの燃料にうってつけ!

ところでワインによく合うボルドーらしい料理って何だろう? 取材の日、百合草さんにお願いして、庭先でワインによく合う料理を用意してもらった。バーベキューである。薪には伐ったばかりのぶどうの枝。これぞボルドー!

バーベキューに使うぶどうの枝。太すぎず細すぎず、よく乾燥していて燃えやすい。

週末にはよく家族とバーベキューをするという。

分厚い牛のリブロースと「シャトージンコ」の濃い果実み、力強さを感じるフルボディが合う。

現在借りている畑で栽培された白ぶどうで百合草さんが醸造監修をした「ジーバイジンコ白」。

「シャトージンコ」。ジンコ(GINKGO)とはイチョウのこと。扇のように開いた葉が日本らしさを感じさせる樹だが、フランスにも多く植樹されている。

ところでオーガニックと掲げるためには当然、公の認証を受ける必要がある。シャトージンコの畑は今年、ABAGRICULTURE BIOLOGIQUE)という環境認証を取得した。今年仕込む「シャトージンコ」2019年ヴィンテージのラベルにはABマークが付されるはずだ。登場は202111月。楽しみに待ちたい。

取材・文/佐藤恵菜 撮影/Mathieu Anglada

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