にっぽん刃物語「竹細工職人の山鉈 」~手際よく伐り集めるには重みがありつつ、振り疲れしない鉈~

2019.06.26

刃物の持ち主
戸隠 竹細工職人
井上栄一さん
29歳のときに家業の竹細工を継ぐ。戸隠で今も本格的に竹細工を続けている職人は現在15人ほど。高齢化が著しく、後継者問題が大きな課題になっている。
※ 所属や肩書は取材当時のものです。

祖父の代に打刃物産地として知られる信濃町の鍛冶屋に作ってもらったもの。材を割る作業に使う鉈は、これよりやや厚め。伐り出しにはクマ避け鈴も必携だ。

竹細工という仕事の大半を占めるのは、材料の伐り出しと均等に割る作業だ。ササの仲間で、竹材としては細く短く、癖も抱えたネマガリダケの場合はなお手間がかかる。そんなハンディをカバーするのが、専用の鉈である。

採取は『戸隠竹細工の森』と名付けられた組合員だけが利用を許可された保護林で行なう。根元の湾曲部を大きく曲げ、力が張り切ったところへ鉈を斜めに打ち込むと、反発力がよく働いて簡単に切れる。

「クマですか? ええ、このへんは普通にいますよ。竹を背負って山道を曲がったとき、すぐ目の前の岩の上で寝ていたやつと鉢合わせしたことがあります。さすがにあのときは鳥肌が立ちました。そういうこともあるので、リュックには念のためクマ避けスプレーも入れています」

静まり返った初冬の森に、護身用の鈴の音が響く。あたりを眺めた竹細工職人の井上栄一さん(61歳)は、「今日はこのあたりで伐りましょう」といった。

竹細工の代表的な素材といえばマダケだが、標高が高くマダケが育たないここ長野県戸隠地方では、ササの仲間のネマガリダケが使われてきた。

長くても2mほど。太さは指ぐらい。しかもその名のように根元近くが湾曲している。太く通直で、長い材がたくさん取れるマダケに比べると、ネマガリダケの細工は下準備にたいへんな手間がかかる。

「竹(ネマガリダケ)は雑木の下一面に生えていますが、どれでも使えるわけではありません。丈夫で均整のとれた笊や籠に編むには、よい材料を選ぶことが基本です。ポイントは長さ。ほかのものより頭ひとつ大きく伸びているもの、つまりテーパーの緩やかなものを探します」

伐り出す道具は鉈だ。一般的な山仕事に使われるものよりも薄身で、先がやや広い。1回山へ入ると30kgから50kgを背負子に積んで持ち帰る。1本ずつ質を見極めながら伐り集めるので時間がかかる。

よいものを見つけながら次々と伐っていくには、適度な重みがありつつも、振り疲れない鉈が必要だ。薄身で先へ行くほど幅広のフォルムは、そのバランスを追究した結果と思われる。

持ち帰ったネマガリダケを小割りする工房作業でも鉈が使われる。一般の竹細工では、左右均等に楔効果が働く両刃の鉈(竹割鉈)を用いるが、戸隠ではここでも専用の片刃鉈を使う。

繊維の流れに癖があり、とくに根元の曲がりが大きなネマガリダケは、両刃の刃物で割ってもきれいな楔効果が得られない。裂け目の走る向きを先読みし、楔となる刃の角度を変えることで力の方向をコントロールする。その繊細な刃角調整には、両刃よりも片刃が向いているらしい。

マダケを割る作業でもある程度は必要なコツだが、ネマガリダケの場合は、車のハンドルさばきにも似た、この指使いがすべてといってもよい。

値段が手ごろで、庶民づかいの器と位置づけられてきた戸隠の竹細工。その素朴な手仕事の中には、目に見えない高度な技が随所に盛り込まれていた。

井上竹細工店 026(254)2181

文/かくまつとむ 写真/大槗 弘

※ BE-PAL 2016年3月号 掲載『 フィールドナイフ列伝 20 竹細工職人の山鉈 』より。

現在、BE-PAL本誌では新企画『 にっぽん刃物語 』が連載中です!フィールドナイフ列伝でお馴染みの『 かくまつとむ&大槗弘 』のタッグでお届けしております!

この記事をシェアしよう!

関連記事

『 ナイフ・刃物・マルチツール 』新着ユーザー投稿記事

『 ナイフ・刃物・マルチツール 』新着ユーザー投稿写真

『 ナイフ・刃物・マルチツール 』新着編集部記事

おすすめ記事