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銭湯が銭湯だけでは成り立たない時代に何をすべきか
四ツ目通りを東京スカイツリー方面から下っていくと、さくら湯、大黒湯、黄金湯(こがねゆ)と、1キロほどの間に3軒の銭湯が営業している。3軒を経営する新保オーナーが2023年にオープンしたブルワリーがBATHE YOTSUME BREWERY(以下、ベイズ・ヨツメ・ブルワリー)だ。
銭湯とクラフトビール。こんなにピタッと来る組み合わせはない。だが、クラフトビールが飲める銭湯は意外に少ない。ベイズ・ヨツメ・ブルワリーはおそらく日本で初めての銭湯から生まれたクラフトビールブルワリーだ。
その発端は2020年、コロナ禍の真っ最中。銭湯も苦境に立たされていた。錦糸町駅から近い黄金湯(1932年創業)は、いよいよ店じまいを決断。跡を継ぐ人がいないという事情もあった。それを知った大黒湯の三代目、新保卓也さんが事業引き継ぎを申し出た。そして黄金湯の全面リニューアルに着手。その時、始めたのがクラフトビールだ。
銭湯の番台にビールが飲めるスペースとDJブースを設えた。風呂上がりにビールと音楽。リゾートホテルでも見られないホットなノリノリ空間が四ツ目通りの脇道に出現した。当初、オリジナルビールの「黄金湯ペールエール」は神奈川県厚木市にある黄金井酒造に製造してもらっていた。

自前のビール醸造は黄金湯リニューアル構想に組み込まれていた。新保オーナーはもともとビールが大好き。ブルワリー開業の夢を持っていたこともあるが、それよりも何よりも銭湯継続に必要な事業だと考えていた。
「今の時代、銭湯だけでは経営は成り立ちません。銭湯を継続させるためには銭湯以外の柱がもう1本必要でした」と話すのはオーナーの新保朋子さんだ。
銭湯の経営難の時代は長い。利用者の減少に加えて燃料代、電気代の高騰。経営者の高齢化。銭湯は公衆浴場法で入浴料が決められ、事業者が自由に設定できない。東京都なら最高で550円。最近は毎年のように値上げされてはいるが(2020年は470円だった)、それでも厳しいようで撤退が相次ぐ。2022年時で全国の銭湯は1,865軒。ピークの1968年には1万8000軒あったというから10%まで減少したことになる(出典、東京商工リサーチ)。スーパー銭湯やスパリゾートとは違う、生活圏の銭湯は消滅の危機に瀕していると言っても過言ではない。
黄金湯にクラフトビールが登場すると、コロナ禍中ながら少しずつ変化が現われた。常連客が風呂上がりに飲んで帰るようになっただけでなく、クラフトビール好きがわざわざ風呂に入りにやって来るようになった。クラフトビールがもつ魅力、集客力を目の当たりにした新保オーナーは、念願でもあったブルワリー設立を決断した。
醸造長も風呂が大好き。銭湯の社員がブルワーに!
ブルワリーの物件探しに苦労したが、四ツ目通りから一本入った通りに適地を見つけた。押上駅から徒歩2分ほど。東京スカイツリー以前からの商店や飲食店が軒を連ねる一角だ。コロナ禍中の事業再構築補助金を申請し、クラウドファンディングも立ち上げた。自前のブルワーを育成し、2023年12月、ベイズ・ヨツメ・ブルワリーがオープンした。

異業種の会社がブルワリーを開業する際、既存のブルワリーから経験者を呼んでくることが多いが、新保オーナーは自社の叩き上げを醸造長に据えた。湯上がりの最高のビールを造るには、銭湯大好きなブルワーがいいと考えたのかもしれない。
醸造長の田中健太さんは、もともと純粋に風呂好きで就職した社員だ。風呂掃除もすれば番台にも座った。ブルワリー設立が決まると、オーナーからブルワーになってみないかと声をかけられた。
「酒好きだったのが買われたようです。2021年に就職したのですが、まさか2年後にビールを造ることになるとは想像もしていませんでした」と話す田中さん。醸造技術は近所の浅草橋のブルワリーで学んだ。
「風呂上がりに飲む。そこを大事にしています。濃厚になりすぎず、度数が高すぎないこと。また、銭湯に来る方が飲みやすい価格であることも重要です」
入浴料は550円。風呂上がりのひとときを満喫する一杯として、定番ならMサイズ(270ml)630円、Lサイズ(450ml)1000円。現在の都市部のビアバー価格と比べると確かに低く抑えられている。


風呂友、ビール友が広がり、ゲームやアニメともつながる
「銭湯は日本の文化。何としても継承したい」という新保オーナーには、「自分たちの街を自分たちの手で守りたい」という思いもあった。
東京スカイツリーが完成したのは2012年。一大観光地となった下町に再開発の波が寄せていた。街並みに変化が現われ、古くからのなじみが引っ越していく。銭湯の常連客も離れていった。このエリアの銭湯はコロナ禍や燃料費高騰という受難の前から、常連客離れという痛手を受けていた。
「銭湯文化を継承するためには、銭湯自身も進化していかなくては」。新保オーナーは銭湯に次々と新味を加えていった。
黄金湯にはビールカウンターとDJブースだけでなく、カフェや宿泊施設を新設。建物やインテリアのデザインもモダンで斬新なものに。その和モダンの風情は評判を呼び、今や観光スポットに成長している。
大黒湯には露天風呂やウッドデッキを新設。さらにアニメや映画とのコラボイベントが開かれる。
中でも評判を呼んでいるのが、大黒湯が毎年開催しているゲーム「アズールレーン」、通称「アズレン」とのコラボイベントだ。タオルやコースータなどのオリジナルグッズをめざしてファンが大黒屋の番台にやって来る。フロントの大型のタペストリーが出迎え、オリジナルデザインの入浴券を握りしめた若い人が、せっかくだからと銭湯に入って行く。
こうした積極的な仕掛けが奏功し、コロナ禍が落ち着くとともに新しい客層が生まれてきた。インバウンドが銭湯を訪れる。下町の魅力に惹かれた人が銭湯にやって来る。イベント目当ての若者がやって来る。
「イベントをきっかけに銭湯のお客さんがスマホゲームに興味を持ったり、イベントのお客さんが銭湯に通うにようになったり、クラフトビールを飲むようになったり。銭湯だけでは出会わなかった人たちのつながりが生まれています」と、スタッフの諸橋佳苗さんは話す。

新しい客層やつながりが発生する一方で、昔ながらの銭湯らしさも滲む。
「毎日のように来てくれる方、毎週決まった曜日に来てくれる方が増えました。やはりご高齢の方が多いです。特に一人住まいだと風呂掃除も大変だと思うんです。銭湯に来て顔なじみになった“風呂友”とおしゃべりして帰って行く。そうなると、いつも決まった時間や曜日に来るお客さんがその時間に来ないと、“〇〇のおばあちゃん大丈夫かしら?”と心配したりして。まさに裸のつきあいですね。番台のスタッフも、いつも来る方がいつもの時間に来ないと、けっこうドキドキします」(諸橋さん)
銭湯が“見守り”役を果たしている。思えば、街の銭湯はもともとそういう場であったのだろう。

世代や出身地を越えて四ツ目通りのハブになる
大黒湯、黄金湯、さくら湯、ベイズ・ヨツメ・ブルワリーを経営する新保オーナーの会社は2026年1月、「株式会社新保浴場」に社名を改めた。従業員は80名を数える。若い社員も多い。
黄金湯店長の松岡駿さんは「黄金湯がカッコいい。ここで働きたい」と希望して転職してきた。銭湯、サウナを基本にビアバー、ホテル、カフェ、さまざまな業種を貪欲に取り入れていく四ツ目通りの銭湯たち。松岡さんは「ウチを“何屋さん”と説明すべきなのか、私もひと言では言えないくらいですが、このエリアの人をつなぐハブのような存在でありたいと思います」と語る。


銭湯が四ツ目通りエリアのハブになる。クラフトビールがハブの潤滑油のように流れている。そのビールはすぐ近くのブルワリーで醸造され、風呂上がりに銭湯でもブルーバーでも飲める。これは日本ならではの、銭湯があればこそのクラフトビールの楽しみではないだろうか。今回は都市部のベイズ・ヨツメ・ブルワリーを取材したが、アウトドアの帰りに寄れるように各地の銭湯に広がることを期待する。
●BATHE YOTSUME BREWERY
東京都墨田区業平4-11-3 https://batheyotsumebrewery.jp







