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【ホーボージュンのサスライギアエッセイ・旅する道具学】第13話「暗い森と額のチャクラ」
ヘッドランプ「PETZL / TIKKA CORE」

太陽はゆっくりと山の稜線に姿を隠し、鳥たちは帰途についた。あんなに眩しかった夏の光やキラキラとした木洩れ日の粒はいつのまにか姿を消し、森はひたひたと染み込んできた闇に覆われ始めた。
僕はパックの天蓋からペツルのティカを取り出すと頭に着け、スイッチを押して点灯した。小さなヘッドランプから照射された光は森の薄暮を切り裂き、木立を明るく照らす。茂みの奥で「ガサッ」と物音がして何かが逃げた。タヌキか野ウサギだろうか。きっとこの明るい光束に驚いたのだろう。ゴメンゴメンといいながら僕は額のスイッチで光量を一段落とした。山の稜線や開けた草原では感じないが、薄暗い森の中ではコイツの放つ450ルーメンの光は驚くほど明るいのだ。
いま僕が使っているヘッドランプはペツルの「ティカ・コア」というモデルだ。ベテランのアウトドア好きならご存じだと思うが、「ティカ」は2000年に登場した世界初のLEDヘッドランプで、アウトドアギアの歴史を塗り替えた金字塔的モデルだ。当時、それまで豆電球を使った大きくて薄暗いヘッドランプしか知らなかったアウトドア民を仰天させた。
「うわっ! 明るい!」
初代ティカを初めて灯した瞬間、僕は思わず声を出してしまった。小さな筐体からは想像できない明るく力強い光線が放たれたからだ。
さらに僕を唸らせたのはめちゃくちゃ小さく、軽いことだ。LEDを採用することで重さはたったの81gしかなかった。これは従来の白熱球モデルの半分以下。僕はそれまで電池ボックスが別体になったパナソニックのヘッドランプを愛用していたのだが、それがまるで大昔の炭鉱夫が使っていたカーバイドランプのように思えたものだ。今から25年前の出来事である。
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その後、ペツルのLEDヘッドランプはバリエーションを広げ、複数のLEDを搭載したモデルや山岳レース用の高出力モデルが登場した。独自の技術革新も多く、リチウムイオンポリマーを使った充電式の「コア・バッテリー」や、周りの環境に応じて自動調光する「リアクティブ・ライティング」など、世界に先駆けた最新技術を投入して業界をリードしてきた。
僕もその技術革新に歩調を合わせるように装備をアップデートをし、今は複数のモデルを用途によって使い分けている。
たとえば、通常の登山には2灯切り替え式の「アクティック・コア」を、ナイトハイクや最初から夜間行動が予想される山行には、高出力で自動調光機能のある「スイフトRL」を使用している。
でもじつをいうと僕は昔ながらのシンプルな1灯モデルが一番好きだ。なかでも充電式で使い捨ての乾電池を使わずに済む「ティカ・コア」が目下のお気に入り。なんだかんだいってアウトドアに出かけるときにはいつもこれを選んでしまう。
その理由がワンボタン式の超シンプル設計だ。ボタンを押すたびに明るさが3段階に切り替わり、長押しすると赤色灯になる。その状態でもう一度押すと赤色灯が点滅する。それだけ。操作が覚えやすく、とっさのときに迷わない。
そして何よりスゴイのは、明るさが450ルーメンもあることだ! これはひと昔前では考えられないハイパワーで、これまで電池ボックス一体型の1灯モデルは200~250ルーメンが普通で、300~350ルーメンあれば夜間行動にも使える高性能といわれていた。
だから今年バージョンアップを果たしたティカ・コアの450ルーメンというスペックは、キャンプや通常登山には十分すぎる数値なのである。
小さくて明るい性格は25年前から変わらないのだ。
*
夜の森を、ティカは明るく照らし出す。僕の額から放たれる白い光束が深い闇の中で僕の行く手を導いてくれる。
「ティカ」という製品名はヒンドゥ語で「点」とか「印」を意味する言葉だ。よくヒンドゥ教徒の女性が額に赤い印をつけているが、あれがティカだ。
ティカは額の中心、両眉の真ん中に描かれるのだが、ここには「第3の目(アージュニア・チャクラ)」が存在するといわれている。この額のチャクラは直観・洞察・精神的理解を司る場所で、この第3の目を開くことで物理的な目では見えない世界や、宗教的真理が見えるようになるという。またティカは「真実を見抜く力」を得る助けにも繋がるそうだ。
いいじゃないか。素敵なネーミングじゃないか。
普段の僕は宗教的な目覚めとも、精神的な覚醒とも、スピリチュアルな気づきともほど遠い、でたらめに世俗的な世界に生きている。どこへ行っても地べたを這いつくばるような毎日で、たとえ額にティカの印をつけたところで、とても真理に到達できるとは思えない。
でもこうして暗闇の中で行く手を示し、進むべき方向を示してくれるティカは、僕には頼もしいグルであり、大事なチャクラなのである。
森は深く、道は暗い。
曲がりくねった道の先に何が待っているのか僕は知らない。
それでも僕は歩くのだ。
額のチャクラに光を灯して。






ホーボージュン
大海原から6000m峰まで世界中の大自然を旅する全天候型アウトドアライター。X(旧Twitter)アカウントは@hobojun。
※撮影/中村文隆
(BE-PAL 2025年10月号より)








