島根の甘濃い味に合う「偏ったビール」を造りつづける「松江地ビール ビアへるん」 | サスティナブル&ローカル 【BE-PAL】キャンプ、アウトドア、自然派生活の情報源ビーパル
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    2023.11.02

    島根の甘濃い味に合う「偏ったビール」を造りつづける「松江地ビール ビアへるん」

    左から松江地ビール ビアへるんの「ペールエール」「ヴァイツェン」「ピルスナー」「縁結麦酒スタウト」「おろち」。「へるん」とは、19世紀に松江に在住した作家、小泉八雲(ラフカディオー・ハーン)のことで、「へるん先生」と呼ばれ親しまれた。日本の文化を世界に伝えた「へるん先生」のように、ゆくゆくは島根を世界に知らしめるビールになりたいとの願望が込められている。

    クラフトビールが注目される中、地ビールと呼ばれた時代に創業し、今も地ビールを名乗り、ローカルを大事にしているブルワリーがある。松江地ビール ビアへるんだ。代表取締役の矢野学さんにインタビューした。

    地ビール解禁で設立したものの操業開始は冬の時代

    松江地ビール ビアへるん(以下ビアへるん)は1996年に創業した「島根ビール」のクラフトビールだ。1994年に地ビールが解禁されてから、島根県の活性化をめざす異業種交流会の中から生まれた。

    現在代表の矢野学さんはビアへるんの初代工場長だ。

    矢野さんは大学の工学部を卒業し、酒造りをしたいと日本酒メーカーに就職。当然、製造の仕事に就きたかったのだが、工学部出身ため、はじめに任された仕事は機械のメンテナンスだった。当時は地ビール解禁前で、酒造りをしたければ日本酒メーカーと考えるのは自然な選択だったようだ。

    「杜氏さんの平均年齢が80歳という時代です。好きな酒が造れるようになるには何年かかることか・・・・・・」と思っていたところ、地ビール会社の工場長募集を見つけて応募した。矢野さんは採用された理由を、「当時の醸造設備は海外からの輸入品。不具合が生じた時は修理できる人を本国から呼ばなくてはならず、時間もお金もかかります。その点、私は機械のメンテナンスもできてちょうどよかったようです」と説明する。

    マイクロブルワリー向けの醸造設備は海外産しかない。ビールの醸造法を知る人は大手ビール会社にしかいないという時代である。

    島根ビールが醸造を始めたのは創業から3年後の1999年のことだった。この3年のブランクは、創業当初、ブルワリーとレストランの建設予定地としていた土地が借りられなくなったことによる。

    その間、矢野さんは広島県にある酒類総合研究所でビール造りを学んだ。酒類総合研究所といえば日本でもっとも充実した酒の研究機関である。そこで大手ビール会社の人から醸造方法を教わり、ビールのミニプラント造りに携わった。操業が3年も延期したおかげで矢野さんは醸造技術を身につけることができたのだ。 

    しかし99年というと、すでに地ビール人気は下降に向かっていた。地ビール会社廃業のニュースがポツポツ耳に入ってくるように・・・・・・。

    「そんな状況でしたから、コストはなるべく押さえて、設備も高いブランドのタンクではなく安価なものを探して。慎重になっていましたね」

     そんな地ビール冬の時代に、ビアへるんは松江の地でどのように船出したのか。

    ブルワリーにはレストランが併設されていた。当時の地ビールメーカーに多い形態だ。レストランで稼ぐ。しかし、その運営がうまく回らず閉店というケースも多かった。理由はそれぞれだろうが、ひとつには飲食店経営のプロではない地ビール会社自身が運営していたことが挙げられる。

    その轍を踏まないために、島根ビールはレストランを飲食店経営のプロの別会社に任せることにした。観光客の需要をうまく取り込んだレストラン経営が功を奏した。もうひとつ、島根ビールのアドバンテージは、出資者に日本酒メーカーが参加していたこと。日本酒の販売ルートとノウハウを活かすことができた。

    とはいっても県内の人口は少なく市場は小さい。県内にも松江市内にも地ビールを提供する店が少なければ、飲む人も少ない。

    そうした地域特性を踏まえて、矢野さんは「まずは、よそ(他社)を知ることが大事」だと、早くからビアフェスやビアコンテストに積極的に参加した。国内の品評会として定評あるビアフェス横浜には初期から出展していた。

    松江城の堀を巡る遊覧船の船着き場から近い「松江堀川地ビール館」。レストラン、売店が入り、観光客にも人気。

    「うちのビール、濃ゆいな」

    ビアへるんのビールの方向性は、「とりあえず自分の好きなビールを」から始まった。ビアフェスなどで他社のビールを飲みつづけているうちに矢野さんは気づいた。

    「うちのビール、味も香りも濃(こ)ゆいな」

     ビアへるんの醸造チームは島根出身者ばかり。食の特性から来る違いだと気づいた。

    「島根の食事は味が濃ゆい。香りが濃ゆい。もともと島根の食文化は福岡や北陸と近いところがあります。だしはあごだし。しじみ汁もそうですが、濃ゆいです。青魚もよく食べるので、醤油は青魚のくさみに負けないように甘濃い。これに慣れている私らが造るビールは、自然に味も香りも濃ゆくなるんです」

     それは明白な個性だった。

    「大手のビールのようにスルスルと入るビールと競っても仕方ありません。うちは島根の食事に合う、香りが濃ゆい、味が濃ゆいビールでいこうと。島根を知ってもらうためにも他社が造らないビールを造る。レーダーチャートにしたら端っこに偏るようなビール。なるべく偏ろうと思いました」

    レーダーチャートとは、ビールなら、苦み、酸味、香り、甘み、ボディといった複数の項目を数値で示す図で、食べ物や飲み物の特徴を説明するのによく使われる。

    ビールの場合、めざすビールとして「バランスのよさ」を挙げるブルワーは多い。レーダーチャートなら、きれいな五角形ができるイメージだ。しかし、矢野さんは「なるべく偏ろう」と言う。流行は追わない。自分たちの好きなビールを造る。それは結果的に、島根の味に合うビールとなり、味も香りも「濃ゆく」なる。

    だから黒ビールも、ビアへるんのスタイルは、メジャーなスタウトではなくミルクスタウトだ。

    「実は私は黒ビールが大好きで、それでビール会社に入ったようなものです。若い時、大阪で飲んだギネスの樽生が衝撃的においしかったんですよ。しかし、あれがうちの晩酌に合うかというと、合わないですよね」

     矢野さんは世界中の黒ビールを取り寄せ、試飲し、島根の晩ご飯に合う「黒」を追求した。

    「日本の黒ビールはスッキリして苦いのが多いですが、うちはそれ両方要らない」。たどり着いたのが「ミルクスタウト」だ。黒なのにまったりとして苦くない。おそらく日本初の「肉じゃがと合う黒ビール」である。

     「醤油やタマネギの甘みと相性がいいんです。醤油にはお焦げ系の香り成分であるフェノールが含まれていて、黒ビールにも同系のフェノールが入っているからです」

     また、矢野さんは日本全国のクラフトビールを飲み比べる中で、ある傾向をつかんだ。

    「スッキリした醤油を好む東日本ではホップが効いたビールを好む。苦みがあってスッキリと軽い系です。甘くて濃い醤油が好きな西日本では、甘くて濃いビールが好まれる」と。

    東日本、西日本と単純に分けられる話ではないが、ふだん使う醤油の味が違うなら、好むビールの味が異なるのは当然かもしれない。「そこを意識して、うちは島根ローカルの味に合わせています」

    日本の食文化の豊かさ、幅の広さを改めて思う。ビールの味がその土地の食文化を反映しているなんて豊かすぎる。

    2023年9月、埼玉のさいたまスーパーアリーナで開かれた「けやきひろば秋のビール祭り」に出店中の代表・矢野学さん!

    米麹と日本酒酵母を使ったビール

    島根ビールは10年ほど前から島根県内の日本酒の蔵元とのコラボビールを造っている。島根県には日本酒の蔵元が30軒ほどある。人口に比べてかなり多い。

    ビールはビール酵母によって、日本酒は日本酒酵母によって発酵が進み、酒になる。そのビール酵母と日本酒酵母の両方を使い、さらに米麹を原料に加えて造ったのが「おろち」シリーズだ。毎年、蔵元を変えてリリースされている。

    グラスに注ぐと、甘酒のような香りが立ち上る。飲めばやはり甘酒のような吟醸酒のような風味がする。まろやかで、甘くて濃い。なのに、飲み心地はあくまでもビールでスルスルと入る。これなら和食に合う。刺身にも合うだろう。

    「麹を使っているからです。醤油にも味噌にも麹は使われています。いわば日本人の舌にすり込まれた味。ワインのマリアージュでもよく言われますが、同じ原料を使った料理は合うんです」

    ビールに日本らしさやオリジナリティを求めて、日本酒会社とコラボするブルワリーは少なくない。地ビール時代の2000年代にもそうした取り組みはあったという。しかし、米麹が使えないことがネックだった。米麹は本来、蔵元にとって門外不出の秘蔵品であり、手に入りにくいからだ。島根ビールでは、株主である酒蔵からの提供によってそれが実現した。

    「日本酒酵母を使っても、酵母のエサになるものが麦芽からできるマルトース(糖の種類)だと、やはり出てくる風味はビールになってしまうのです。エサを日本酒と同じ米麹にすれば日本酒らしい香りが出る」

    技術者らしく味わいを化学で説明してくれる矢野さん。島根ローカルのビール造りの縁の下で、ブルワーの技術者気質が光る。

    島根の晩酌に一番合うビールを目指して

    島根県はビール用大麦の生産県だ。収穫の多くは大手のビール会社が買い取っていくシステムが確立している。そして、ビール会社の工場で製麦された麦芽を、クラフトビール会社が買うことができる。島根ビールは「島根県産の大麦の麦芽」を購入し、さらには島根県産のホップを使った100%島根産ビール「ゼウスビター」も造っている。ゼウスはホップの品種の名前だ。

    ホップは2010年から松江近郊で栽培を始めた。日本のホップ生産地は主に東北や北海道。島根は栽培適性地とは言えない。実際、収量はホップの一大生産地である岩手県と比べると数分の一になるそうだ。それでも「気候のせいなのか、品種のせいなのか、今後もいろいろ試しながら栽培していきます」(矢野さん)と、今後も継続する予定だ。

    ただ、100%島根産ビールはほとんど県外に出ない。「収穫量が少ないのでタンク1本分しか造れません。これは地元のみなさんに飲んで喜んでもらえればと思っています」

    島根の味に合うビールを造りつづけて、もうすぐ25年。矢野さんは「クラフトビールなんて小規模な商品を、しかも人口の少ない島根で、なんでこんなニッチな仕事をするんだろう?」と、これまで何度も自問してきたと言う。

    「やっぱり自分が生まれ育った場所だからでしょうか。いったん就職で兵庫の都会に出ましたが、松江に帰ってきて思ったのは、島根って住んでていいなぁでした」

    好きな土地で、その土地の味に合ったビールを造る。追求するのはバランスのよさより、ウチの晩ご飯に合うビール。好みが分かれるのは当然だ。「島根に来てもらって島根の食事といっしょに飲んだときが一番おいしい。そういうビールを造りたい」

    昨今のクラフトビール人気について、矢野さんは「うちのファンもコロナ禍前と比べて増えています」と喜ぶ一方で、「クラフトビール市場全体を見ると、思ったほど消費量は伸びていない」ことを懸念している。2020年以降、ブルワリーの数は急伸しているが、日本のビール類に占めるシェアは2%の壁を越えられずにいる。

    「クラフトビールが文化として根づくかどうかまだわかりませんが、私たちは創業時からビアフェスに出品したりイベントに出店したりしてファンを広げてきました。今後も、そうしたことを地道に続けていくだけです」と矢野さんは話す。

    昔から積極的にビアフェスには出店してファンを広げてきた。写真は、2023年9月の「けやきひろば秋のビール祭り」。今年はこのあと「地ビールフェスタin米子」(11月24日、12月22日)や「山陰地ビールフェスタin蓬莱吉日庵」(12月16日、松江)などが予定されている。

    島根の食事に合ったビールを造りつづける。ビアへるんは実に地ビールらしいブランドだ。

    旅先で土地のお酒を飲むと「すごくおいしい」と感じることがあるが、それは単に旅の興奮が成せる技ではなく、実際にそういうふうに造られているからなのかもしれない。ローカルを大事にするビールが残る土地には、クラフトビールの文化が根づいていくことだろう。

    ホップもローカルに。島根の気候風土に合ったホップ栽培を試作中。

    島根ビール http://www.shimane-beer.co.jp/index.html
    島根県松江市黒田町509-1(松江堀川・地ビール館内)

    私が書きました!
    ライター
    佐藤恵菜

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