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    2021.03.13 佐藤恵菜

    私が書きました!
    佐藤恵菜
    ビール好きライター。日本全国ブルワリー巡りをするのが夢。ビーパルネットでは天文記事にも関わる。@DIMEとSuits  womanでも仕事中。

    日向麦酒の定番ビール。左からブラウンエール「燈」、ホワイトエール「向日葵」、明日葉エール「Angie」、ラガー「じもてぃらがぁ」、スタウト「冥王の盃」。

    ローカルに根づいたクラフトビールを紹介するシリーズ第7回。伊豆諸島の神津島にある日向麦酒の代表で醸造長の宮川文子さんにインタビューした。

    神津島の日向ブルワリー入り口。

    「水配り伝説」の名水でクラフトビールをつくりたい

    東京竹芝埠頭から夜行で10時間の神津島。ダイバー、サーファー、フィッシャーがめざす島、近年は天体観測スポットとしても知られる。名産といえば、焼酎、くさや、明日葉、パッションフルーツ。実はこれらは他の伊豆諸島にも共通する特産だ。

    「神津島ならではの、オリジナルな特産品が欲しい」と考えたのは、この島で生まれ育った宮川文子さん。実家は島の神社を統括している宮司の家。現在、従兄から引継いだ会社(トウショ酒販株式会社)で名産の焼酎を卸売販売している。宮川さんがその酒販店の経営を任された2002年頃から、神津島だけの特産品はできないか、つらつらと考えていたという。

    日向麦酒代表の宮川文子さん。料理の下ごしらえ中。 

    神津島は豊かな水で知られる。東京都名湧水57選にも2か所選ばれている。いずれも天上山という9世紀に起きた噴火で生成された高さ572メートルの火山のすそ野の湧水である。神津島は黒曜石の産地としても知られる。黒曜石の層に濾過された水はおいしいそうだ。

    「この水を使って何かできないかと思いました。ペットボトルに詰めて売っても面白くないし。クラフトビールが少しずつ話題になり始めた頃、私もビールが好きだし、この島でも誰か始めればいいのにな、と思っていたんです。いろんな知り合いにクラフトビールやらない?と、さりげなく声をかけつづけました」

    ところが誰も始めない。結局、宮川さん自らが始めることになった。

    標高572メートル。人気のトレッキングルートになっている。(画像:神津島村役場)

    神津島の水の豊かさを伝える「水配神話」がおもしろいので、少し紹介したい。 

    昔々、伊豆諸島の神々は、伊豆諸島の中心にあたる神津島の天上山に集まって会議を開いていた。いちばん題目は水の分配である。これについてはいくら話し合っても決着が着かないので、「明朝、来た順番に水を配ろう」ということになった。翌日、最初に来たのが御蔵島の神様。最後に来たのが利島の神様。寝坊して遅れたそうだ。残りわずかになった池の水を見た利島の神様は激怒。池に飛込み暴れ、水が島中に飛び散った。飛散った所々からこんこんと水が湧き出したという。

    ビールに明日葉?使ってみたら意外にいける! 

    水のほか、島の特産物に明日葉(あしたば)がある。神津島に限らず、伊豆諸島ではワンサカ自生している植物だ。ビールに神津島の特徴を出したいと思っていた宮川さんは、副原料に明日葉を使ってみることにした。

    ビールに明日葉とは不思議な組み合わせだ。なにせ青汁の材料にもなるセリ科の植物である。合うのか? 

    「私もはじめはどうかなと思いながら。とりあえず使ってみたら、なかなかおもしろいものができまして」

    評判もよく、造りつづけているうちに日向麦酒の定番「Angie」(アンジー)の座についた。名前は明日葉の英語Angelica Keiseiから取った。

    醸造所のとなりにダイニングバーもオープンした。写真でしか見ていないが、おしゃれなカフェ風のダイニングバーである。

    醸造所の前を通ってダイニングバーへ。醸造タンクが飲欲をそそる。

    「お客さんは女性のほうが多いですね。神津島は漁師の町。建設関係の仕事も多い。男の人はこういう小洒落た店は苦手かもしれません(笑)」

    というわけで、島の女性からは好評を博している。なにかと“女子会”に利用される。島外から訪れた友人を連れ出す先にもうってつけらしい。

    しかし、それは単にお店が小洒落ているからではなく、ビールとの相性があると思う。日向麦酒のビールは、とてもやわらかく穏やかな味がする。昨今はホップが強烈なIPAや、フルーツ感あふれるホワイトエール、サワーみたいな酸っぱいエールなどが話題になるが、日向麦酒のビールはそちらとは方向が異なる。とがった部分がなく、ゆるゆると飲むのにちょうどいい。

    「ビールの苦みが苦手という方にも飲んでいただけるビールにしたかった。女性にも楽しんでいただけるように」と、宮川さんはビールのコンセプトを語る。

    定番「Angie」には明日葉が、ラガーの「じもてぃらがぁ」には天草が副原料で使われている。天草も伊豆諸島の特産品だ。これがいい具合に清澄剤の役目をしてくれるという。

    明日葉といい天草といい、他では見かけない副原料を使用していながら、風味はあくまでやわからかくおだやか。怒られそうだが、飲み終わったら忘れそうな味である。これも「ビールってやっぱりゴクゴク飲みたいものでしょ」という宮川さんのレシピの妙だと思う。後に残らず、ゴクゴク飲めるのもビールの良さだ。

    テングサ干し。(画像:神津島村役場)

    漁師町の新鮮な魚貝をビールに合わせるぜいたく

    「島の経済に貢献できているかどうかまだわかりませんが。だいぶ商店やお土産屋さんで取り扱ってもらえるにようになりました。お宿からも注文がだんだん増えてきましたね」 

    2019年のゴールデンウィークにはインバウンドも含め多くの来訪者があり、予想以上の注文にビールが足りなくなる事態になった。お客様にご迷惑をおかけしてはならぬと、2020年シーズンは早い時期からビールを仕込んだ。その矢先のコロナ禍、緊急事態宣言であった。仕込んだビールは島でも島外の業務店でもさばき切れず、相当量を処分せざるを得なかった。

    神津島の観光シーズンは夏がピーク。今年のゴールデンウィーク、夏休みがどのような状況になるのか、まったくわからない。それでも手探りで醸造をつづける。知名度を高めるために、都市部にキッチンカーを出して走らせる。旅行代理店のつくるツアー商品にブルワリー見学などのサービスを提供している。

    ダイニングのフードメニューも紹介しておきたい。漁師町である。港に新鮮な魚貝が上がる。宮川さんと店長でビールに合うレシピを考えている。島名物の料理といっしょに飲める。ぜいたくな時間が、今夏は戻ってくることを願う。

    島で獲れたイカの塩辛をのせたバケット。おいしそう!

    日向麦酒(トウショ酒販)https://tousyosyuhan.easy-myshop.jp(オンラインショップあり)
    住所:東京都神津島村142-1

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