
ビール主原料の大麦やホップも気候変動の影響を免れない。ヨーロッパではすでにその影響が顕在化し、ホップの収量が減少している。日本のビール好きにとっても、それは遠い外国の話で済まされない。気候変動に対応するため、サッポロビールが取り組むホップと大麦の品種開発を紹介しよう。
ヨーロッパ産のホップの収穫量が減っている!
はじめに2023年にnature.com*に掲載された論文から、気候変動がヨーロッパのホップ栽培に与える影響を紹介しよう。ヨーロッパのホップ栽培地のほぼ90%を占めるドイツ、チェコ、スロベニアでは、1994年以前と比べてホップの収穫時期は約20日間早まり、収量は1ヘクタールあたり0.2トン減少。ビールの苦味や香りに重要なα酸(アルファ酸)の含量は平均約0.6%減少したとしている。そして、現在の気象観測に基づく予測では、2050年には収量が4〜18%減少、α酸は20〜31%減少という衝撃的な予測を示している。
*出典:Climate-induced decline in the quality and quantity of European hops calls for immediate adaptation measures (Published: 10 October 2023)
日本のビールは、ホップと麦芽の多くを海外産に頼る。このまま頼っていて大丈夫か? 将来的に気候変動の影響が広がったとき、日本のビールはどうなってしまうのか?
サッポロビールはビール製造だけでなく、ホップと大麦の両方の原料研究を続けている世界でも珍しいビールメーカーだ。創業当初(1876年・明治9年)から北海道でホップと大麦の栽培を行なってきた歴史と知見が、そのベースにある。気候変動に適応するホップの研究に取り組み、2026年7月、新ホップ「フラノ2004B号」の開発を発表した。
家庭菜園でおなじみの「うどんこ病」がホップを襲う
世界的にホップを脅かしている病気のひとつが「うどんこ病」だ。野菜や花の栽培でも、よく耳にする病気だ。葉や実につく白い粉っぽい斑点がうどん粉に似ていることからこう呼ばれている。ホップの葉やビールの原料になる「球花」に発生し、感染した球花は収量が減少、ビールの苦味や香りに必要なα酸も減少する。

サッポロビールの研究によると、うどんこ病の感染リスクは夜間の気温が20度前後であることで高まる。ホップは冷涼な気候を好む。日本の主なホップ生産地は北海道や東北(岩手や秋田など)だ。しかし近年、これらの地域でも最低気温が18度を下回らない日が増えている。
こうした気候変動とうどんこ病感染リスクの因果関係にはさらなる検証が必要としつつ、サッポロビールでは気候変動に対応したホップの品種開発に取り組んできた。2026年7月に発表された「フラノ2004B号」は2つの品種の交配から生まれた。
サッポロビールが育種したホップの中に、ビールの苦味に寄与するα酸が豊富な「フラノスペシャル」がある。このホップの系譜と、うどんこ病への抵抗性が高いホップの系譜を掛け合わせた。現在、品種登録出願中で、商業栽培は2027年から始める予定だ。2035年までに国内での実用化を目指すとしている。

気候変動に対応できるおいしい大麦を開発
大麦への気候変動の影響も懸念されている。大麦は北海道では春に種まきをして8月に収穫、本州では秋にまいて春に収穫する。
その収穫の前に発芽してしまう「穂発芽」という現象が近年、生産者を悩ませている。主な原因は、長雨による降雨量の増加とされる。収穫前に発芽した大麦は、ビール主原料の麦芽にできない。2014年には栃木県の23市町で23億円強の被害が生じている。今年も各地で大雨や長雨が頻発した。この傾向は今後も続くと見られる。
こうした大雨対策として、サッポロビールは雨に強く、麦芽に加工しやすい大麦「N68-411」という品種を開発している。一般的に、雨に強い大麦は麦芽に加工しにくい特性があるが、その両立に成功した品種だ。
また、サッポロビールはビールのうまさが長持ちする「LOXレス大麦」という品種を持つ。ビールの泡持ちやキレの低下の原因になるLOXという成分を取り除いた大麦だ。これと雨に強い品種「N68-411」を掛け合わせた「Dual-S(デュアルエス)大麦」を開発、2024年に発表している。

温室効果ガス低減にもつながる新しい大麦
「Dual-S大麦」の特長は、麦芽の製造過程で効率よく可溶性窒素を生成できることだ。可溶性窒素はビールの酵母の栄養源になる大事な成分。これが不足すると発酵不良になり、おいしいビールにならない。
2026年9月、サッポロビールは、「Dual-S大麦」を化学肥料の使用を抑えた環境で栽培しても、麦芽中の可溶性窒素の含有量が維持できることが確認できたと発表した。化学肥料の使用量を抑えられれば温室効果ガスの排出量削減につながる可能性もある。
農業のサステナビリティの点から、これは重要な意味を持つ。なぜなら、化学肥料に含まれる窒素由来の温室効果ガスが、世界のその全排出量の約2%を占めるという研究もあるからだ。
サッポロビールは、2035年までに「Dual-S大麦」の国内の実用化をめざす。また、より安定的に高収量を期待できる大麦をめざし、「Dual-S大麦」を使った育種を進め、2035年までに新たな大麦品種を開発したい考えだ。
生産者の経営維持の点でも注目だ。気候変動による収量の変動を抑えられれば、生産者の収入安定につながる。
現在、日本のビール製造で使われるホップと麦芽の、国産の割合は小さい。ホップは5%以下、麦芽は10%くらいとされる。これからも長期間続くであろう気候変動に対応した品種が日本国内にあるのはとても心強い。できれば品種開発に留まらず、生産量も増えていってほしい。おいしいビールのために、今後のサッポロビールの原料研究に注目だ。





