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東大&京大 未来を変える! 注目のオモシロ自然研究 研究者ファイリング 03 うんこ博士
東京大学大気海洋研究所 行動生態計測グループ研究員 上坂怜生さん

糞をします」。
うえさか・れお 1993年茨城県生まれ、富山県育ち。大阪大学大学院理学研究科修士課程修了後、東京大学大学院農学生命科学研究科で博士号取得(農学)。研究ジャンルはバイオロギング、バイオテレメトリー。フランス国立科学研究センター研究員を兼務。
動物の行動研究技術「バイオロギング」
近年、動物の行動研究に目覚ましい力を発揮している技術がバイオロギングだ。動物の体にさまざまな記録を蓄積できる小さな複合装置を取り付け野へ戻し、リアルタイムで、あるいは一定期間後にデータを回収する。
ヒトは自力で飛ぶことも水中に潜り続けることもできないので、鳥や水生動物に24時間密着することは困難。そんな人間の限界を補ってくれるのがバイオロギング技術である。
’60年代にキッチンタイマーの応用から始まったというバイオロギングは、デジタル技術が加速した’90年代から小型軽量化と高性能化が一気に進んだ。
行動の一部始終が網羅的かつ高解像度でわかれば、新たな発見も期待できる。そのひとつが生命活動に欠かせない栄養塩(元素)の循環メカニズムだ。
この壮大なテーマに、オオミズナギドリの排泄行動というユニークな切り口で挑んでいるのが、上坂怜生さんである。
「たとえばマッコウクジラは深海で餌を取っていますが、呼吸のために必ず水面に出なければなりません。マッコウクジラは海面付近に滞在している間も排泄をしているはずです。
深い海底にたまった窒素やリンなどの栄養塩の多くは、海底の食物連鎖の中で水平的に利用されると考えられてきました。クジラの数や糞の量を見積もった結果、海底の栄養塩がポンプで吸い上げたように垂直的に循環している構造が見えたのです」
脚の動きを調べる予定がお尻を見続けることに
栄養塩の循環とは食物連鎖のことでもあるが、実際の循環は理科の教科書で示されているようなピラミッド型ではない。海洋の場合は海流や潮汐(干満)、海底の地形、気象などさまざまなファクターによって複雑に形が変わる。マッコウクジラの例が示すように、動物の行動も栄養塩の循環に関わっている。
「栄養塩の移動を渦巻きにたとえると、海洋では大小さまざまな渦が同時多発的に発生しています。オオミズナギドリのような小さな動物の行動も渦の形成に深く関わっているはずです」
研究のきっかけは、鳥が海面から飛び立つときの体の使い方だったという。脚をどう動かしながら翼で空気を捉え、浮くのか。元々は物理学を専攻し気象予報士の資格も持つ上坂さんの最初の関心は、鳥を使った海洋観測手法の開発だった。
「たとえば波浪と飛び立ち方には関係があるのだろうか。オオミズナギドリって翼が細くて飛び立つのがなかなか大変な鳥なんですよ。脚の力をうまく連動させないと飛び立てないのではないかという仮説のもと、レンズが脚の方向、つまりおなかの後ろ側を向くようにビデオロガーを取り付けてみました。
回収した画像を見ていたら、やたら糞をしているんです。4~10分に1回の頻度で、しかもほぼすべて飛びながら。海に浮かんでいるときも、糞がしたくなるとわざわざ飛び立つ。これを見て閃いたんですね。この排泄のタイミングをずっと調べ続けたら、なにか新しい事実が発見できるんじゃないか。
テーマとして浮かんだのが、栄養塩の循環との関係だったのです」
海鳥は海面表層付近の高次捕食者で、広域を移動する。オオミズナギドリは飛んでいるときにしか排泄しないということは、栄養塩を空から広範囲に散布しているということでもある。
栄養塩の循環機構は巨大なジグソーパズルのように複雑だが、海鳥の排泄行動はその全体像を浮かび上がらせるピースになる。というより、こうした基礎研究の積み重ねこそが大切なのだ。
「もうひとつ期待しているのは、鳥インフルエンザの感染メカニズムの解明です。糞は中心的な感染源です。海鳥の排泄パターンを調べると、ウイルスが鳥の間でどう広がっていくのかもわかるんじゃないかと思います」
論文発表以降、上司や先輩から“うんこ博士”と呼ばれ閉口しているというが、その笑顔はまんざらでもなさそうだった。

オオミズナギドリ。ウミネコ大のサイズだが、翼は細め。平らな地面から飛ぶのが苦手で、斜面で助走をつけたり断崖から飛び降りたりして飛翔する。

オオミズナギドリの研究と並行して、亜南極海ケルゲレン諸島(フランス領)でバイオロギングを使ったペンギン類の行動研究も行なっている。
高性能化する機器が難しかった研究を可能に
ビデオロガー

本研究に使用したビデオロガーは20g。解像度が程よく綺麗で1回に3時間記録可能。テサテープと呼ばれる防水テープで羽毛に接着。
↓

撮影範囲

飛翔と脚の動きの関係を調べていたら、排泄行動という思いがけないオマケが。研究のヒントは意外なところにある。

バイオロギング装置は目的ごとに種類がある。上は温度計付き、中央は体の細かい動きがわかる加速度計付きビデオロガー、下はGPS。

オオミズナギドリの排泄には正確な周期性があることが明らかに。しかも飛翔中に行なう。指先の赤い点は唯一の例外で海中に排泄した。
調査地は夏の無人島!

土の中の巣にいる親鳥を手で捕獲。「手袋越しに嚙ませておくと捕まえやすいです」。一度島に渡ると4、5日は帰れない。

調査地は岩手県の無人島。オオミズナギドリが営巣に訪れる夏に、キャンプ生活を行ないながら捕獲と放鳥、データ回収を続ける。

日本に飛来するオオミズナギドリは、冬は東南アジア付近で過ごす。栄養塩の水平循環という視点から飛翔排泄に注目する。

飛んでいるときだけ排泄するのはなぜか。「飛んでいるときの前傾姿勢が出すのに楽なのかもしれませんね」
※構成/鹿熊 勤 撮影/藤田修平 写真提供/上坂怜生
(BE-PAL 2025年12月号より)







