
津軽海峡フェリーで北海道へ

上越国境の豪雪地に暮らし、山スキー、源流釣り、山菜採り、MTBなどを愛する。著書に『北緯66.6° ラップランド歩き旅』。

衣食住を背負って犬と長く歩けるフィールドはどこだろう? 道路はアスファルトで車が多いし、登山道はいろんな人がいる。そうだ、林道だ。
北海道の林道は総延長2万㎞を超える。地球半周分。国有林を管理する林野庁やダムの発電所を維持する北海道電力によって、それらは山深くまで網の目のように延びている。入り口にはゲートがあって、車は入れないが人の通行が許可されるところも。国民の財産である国有林を楽しむ権利が与えられているのだ。その林道が今回の旅の舞台である。
犬連れマイカーによる北海道上陸はハードルが高い。ペット同伴部屋があるにはあるが、ハイシーズンは予約が取れず高価だ。
ケージに預けるドッグルームもあるが、車から全身を覆うものに入れて飼い主が持ち運ばなければならない謎ルールがあって中・大型犬の利用は難しい。そこでわが家がいつも利用しているのが、乗船3時間半で車内残留できる青森と函館を結ぶ津軽海峡フェリーだ。
受付でペット車内残留を申請すると、馬や牛などを運ぶトラックと一緒に風が通る上部甲板へ誘導される。青森まで自走する手間はあるが、東北に立ち寄る楽しみが増えた。
「よし、サンポいこっ」
静内ダムに沿う東の沢左岸林道のゲートでパッキングを終え、いつものように声をかけた。「いいね」と犬は目を輝かせる。
1歳のサワは先頭を走り、獣のにおいが横切るたび森へ消えた。遠くで吠えていると思ったら目の前を飛んでいる。もうすぐ14歳になるモリコはパトロールをサワに任せ、飼い主の横を満足そうに歩いている。動物が自由に駆ける姿は美しい。
林道から見下ろすピセナイ沢川で荷を解くと、モリコが空に向かってしつこく吠えた。「ここで寝るよー」と野生動物に知らせているのだろう。
人間はホイッスルを吹き、流木を集め、水際で火をおこす。煙が下流へ流れていく。下にいる獣は僕らの存在に気づいただろう。上流の獣はどうか? キジ撃ちは風上ですることに。
熊スプレーは肌身離さずパンツのポケットに。知床半島一周をカヤックでガイドする新谷暁生さんに倣って、点滅モードにしたLEDランタンを寝床の上流と下流に1個ずつ吊るした。聴覚、臭覚、視覚、さまざまなベクトルで人間の存在を知らせる。この緩むことのない緊張が、蝦夷地へ踏み入れた実感を濃いものにしていった。
さて、晩飯の食材調達だ。竿を振る一投一投に水面が割れ、1時間足らずでビクがいっぱいに。昨日は噂のXデー7月5日だったが、天変地異が起きてもここなら生きていけると思える自然の濃さ。陽が暮れるとLEDの点滅にホタルが寄ってきた。
最終日は、北海道百名山のピセナイ山へ。登山口までが長い。標高差400m、距離にして4㎞ちょっとのピセナイ林道を登る。温かみのある手作りの看板が要所で背中を押してくれた。
山頂に立つと「北海道の背骨」と呼ばれる日高山脈が視界いっぱいに広がった。
「次はあの沢まで行こうね」
旅は次なる旅を紡いでいく。
山中三日間で出会った人は、林道調査の林野庁職員だけだった。ヒグマの気配はゼロで糞も見かけず、犬は役目を果たした。
24時間獣を追い払う代価として、人間は魚を釣って火を通して、犬にあげる。原生に近い自然であれば、犬は人間とフェアな関係を築ける。国内でそれができるのは北海道だけだろう。
DAY1 SHIP & BBQ
涼しい深夜便で津軽海峡を渡り食材を仕入れながら日高の懐へ。標高はわずか150mだけど防寒着が欲しい3日間がスタート!

静内ダム周辺は釣りとサンポを楽しめる林道がいくつも延びている。見通しがよくクマと鉢合わせする心配もない。
津軽海峡フェリーで上陸!

青森煮干しラーメンを食べて、いざ乗船。「ペット積載車」は風通しのいい上部甲板へ誘導され、隣には九州で越冬してきた競走馬。


体を冷やし釣り上がり林道からラクチン帰幕

北海道森林管理局のHPでは「森林への招待」として林道の活用を促す。ただし、通行者は林業従事者の邪魔にならない配慮が必要だ。


上流に人工物がない清流は、生き物を心穏やかにのびのびさせる。

釣り人垂涎の引きが強いニジマス。外来種だから心置きなく食べた。

40㎝オーバーのニジマスは、もはや川魚でなく野獣のような面構え。
犬も大好きナチュラルミート。山の恵みエゾシカ肉

むかわ町の直売所、ぽぽんた市場で購入できる「むかわのジビエ」。上質な脂が落ちないよう鉄板で焼くと、犬の鼻がクンクン動いた。

シカの肩バラ

新冠町の名産ピーマンと一緒に炒めて塩胡椒をしたエゾジカ丼が人間の夕食。米は道産ゆめぴりか。

北海道太平洋沿岸でしか獲れないししゃもを狙う犬。脂がサラッとジューシーでホクホク。

うまっ
持っていくと安心!コンパクト浄水器

エキノコックス症に配慮して沢水は煮沸するか、浄水器を通して飲むこと。8秒で約710㎖を浄化できるグレイル/ジオプレスピュリファイヤーを携行。

DAY2 FISHING & FOREST ROAD
タンパク質は現地で調達。ニジマスか? エゾイワナか? 林道脇の沢を釣り上がれ!

水に浮かぶドライ毛鉤を淵の流心に投げると、1投目で水面が弾けた。北の渓には貧弱すぎた3.2mの源流用テンカラ竿が大きくしなる。

ヒグマの存在が犬と人との信頼関係を強くする

人間が釣りに夢中のころ、先輩は後輩に警護を任せて草むらで昼寝。

沢から林道へ上がるときはモリコに追従。足腰が弱くなった彼女は地形の弱点を把握している。
夕涼みのテンカラ釣りで食料調達

ひざ下の水量でも深い溜まりには尺(30㎝)を超えるイワナが棲んでいた。入れ食いなので、すぐに飽きる。なんて贅沢な釣りだろう!

1歳のサワはまだわかっていない。沢で人を追い越すと夕食のおかずがなくなることを。自然の濃厚さが釣り人の怒りを笑いに変えた。

白い斑点が美しいエゾイワナ。降海型はアメマスとも呼ばれる。
大地の産物に舌鼓を打つ

原野の焚き火は獣を遠ざけ、濡れ物を乾かす生命維持活動。

ぶつ切りのイワナを煮込んだ味噌汁、白飯、イワナの塩焼きが夕食。釣果ゼロを危惧して持参した非常食の「むかわフランク」もなまらうまし!

DAY3 CLIIMBING
北海道百名山のひとつ、ピセナイ山へ。テンバから高低差870mアップの標高1,027m。難所の急登を抜けると、そこは……。
日高山脈から太平洋まで360°の大展望を独り占め

北海道百名山の大きな選定理由がこの360°の眺望。日本百名山幌尻岳(標高2,052m)をはじめとする名峰が襟裳岬まで連なる日高山脈を背後に大休憩。


シラカバの森に覆われた五合目で小休憩。山頂までの位置を知らせる看板がありがたい。

沢に出くわすたび体を冷やす犬たち。エキノコックスより熱中症を心配すべき陽気だ。
標高約900mから視界がドカーン!と開ける開放感

ピセナイ山頂部は、高木が育たない森林限界で熊笹に覆われる。草刈り作業を終えたばかりのようで快適に歩けた。ダニがつくので長ズボンが◎。

森林限界ギリギリの9合目から山頂へ。人間慣れしたエゾシカが何頭も現われ犬に驚いた。

涼しい

泳ぐ、駆ける、寝るを自らの判断で繰り返す犬たち。リードを断ち、自主性を重んじれば、自然の一部に還っていく。

クマから身を守る三種の神器
点滅付きランタン

視覚で存在を知らせるLEDランタンは、点滅モードにして木の枝に吊るす。ソーラーより確実な電池式を。
ホイッスル

熊鈴よりも音量が大きく、積極的に聴覚へアピールできるホイッスルは首にかける。犬の呼び戻しにも◎。
熊スプレー

最終手段の護身用としてひとり1本必携。セイバー/フロンティアーズマン マックス ベアスプレー234㎖。
※構成/森山伸也 撮影/大森千歳 地図/MORISON
(BE-PAL 2025年9月号より)