
またの名は”熊ネギ”

ある日、雪解けのころに我が家の裏山であるメチェック山を歩いていたら、雑草のようなものを摘んでいる人たちを見かけました。まばらに生えていたから、ほんとうに雑草にしか見えなかったのですが、黙々と摘んでいるので、勇気を出してカタコトのハンガリー語で尋ねてみました。
「エズ」「エシック?」
文法もへったくれもない、「コレ」「食べる?」と2つの単語をただ並べただけの私に、元気な返事が返ってきました。
「イゲン!」
「食べれるよ」と言うのです。後日、通っている大学で植物に詳しい教授に聞いたところ、正体は”行者ニンニク”と判明しました。

雪解けとともに芽を出した行者ニンニクは、2週間もすると山を緑の絨毯に変えました。前を通ると、プーンとニンニクのような、いやネギのような香りがするのです。
行者ニンニクは、英語では別名「ワイルド・ガーリック」で、ハンガリー語では「メドヴェ・ヘジマ」と呼ばれています。直訳すると、”熊ネギ”という意味です。冬眠から目覚めた熊がこれを食べると、シャキッと目覚める味がするから、というのが由来の一説なのだそう。

行者ニンニクは有毒なイヌサフランに似ていて、誤食の事故が多いことでも知られています。ハンガリーの場合は、食べられないユリと間違われることがあり、目視で見分けるなら、根元を確認して束になって生えていれば正解なのだそう。
でも、もっとも確実で簡単な見分け方は、臭いをかぐこと。葉っぱを少しちぎって指ですりつぶすと、強烈な香りがするのです。
ちなみに食べるのは葉っぱの部分だけで、刈り取った断面からもハッキリと香りがわかります。

実は筆者ジョアナにとって今回は人生で初めての山菜摘み。散歩のついでにまさか採れるなんて思っていなかったから、収穫したらとりあえず上着のポケットに入れたのですが、臭いがなかなか取れませんでした。
ハンガリーのお花見は行者ニンニクで

行者ニンニクは白くてキレイな花が咲くことでも有名です。
日本の春は桜でお花見をしますが、この田舎町ペーチの人たちは、行者ニンニクの花が満開になるころに山に入って、花を見ながらトレッキングを楽しむのです。

緑の絨毯は、花が咲き始めると純白の絨毯に変身しました。こんなにキレイなのに、中華料理屋さんに来たみたいなスタミナが出そうな香りを漂わせていました。
花が咲くころには葉っぱは固くなってしまうので、花が咲いたら、美味しく食べられる旬が終わる合図です。
行者ニンニクのトレラン大会に遭遇

メチェック山、もとい行者ニンニクの山でトレラン大会が開催されました。
知らずに偶然通りがかった私が珍しそうに見ていると、参加者の一人であるご婦人が「一緒に走りましょう」と誘ってくれました。

ご婦人の腕には洗うと落ちるタトゥーシールがあって、全体で12km程度のコースを周回する大会でした。
ちなみに私はこの日は山頂のカフェで勉強するつもりだったから、背中のリュックには重たいノートパソコン…。でも1周だったら、ゆっくりなら完走できるかも!?と飛び入り参加を決めました。

ご婦人はお腹がすいたら足を止めて、トレイル脇の行者ニンニクを摘みました。迷うことなく口へ運ぶ姿は、ワイルドなランナー!
ハンガリーで人気の食べ方はポガーチャ

ハンガリーでは行者ニンニクをどう食べるのか?
人気の食べ方は、ポガーチャという一口サイズの総菜パンです。生地に練りこんであって、味を例えるならガーリックトースト、美味い!
また、パンに塗る用にバターに行者ニンニクを混ぜるレシピもあるのだそう。炒って細かくすり潰したのを塩と混ぜて、保存がきく調味料をつくる人もいます。
「一般的には、ペースト状にしたのを冷凍庫に入れて保存するんだよ」
と、教えてくれた友人はすぐにハッとした顔をして私の方へ向き直りました。ジョアナの家じゃできないね。だって冷凍庫なんて近代的な道具は使えないよね、電気がないんだから…。
そう、私の家には電気がないんです。
私のお気に入りはひき肉炒め

なにはともあれ、私もたっぷり収穫しました。球根の植物で生命力も強いから、根っこごと刈り取らない限りは、たくさん摘んでも、来年にはまた元気に生えるのだそうです。

収穫物は、一旦家で水洗い。ちなみに我が家は水道も通っていないので、貯めておいた屋根の雨水を使います。余計に汚くなってしまうんじゃないかって?
他人様に食べてもらうんじゃない、自分で調理して自分で食べるだけのひとり暮らしのご飯だから、細かいことは良いのです。

摘みたての行者ニンニクは新鮮そのもの!トマトなどの野菜を用意してサラダにして食べても美味しいのですが、今回は刻んでひき肉とともに調理します。

行者ニンニクって、ネギやニンニクというよりも、ニラのような香りがするのです。だから、餃子みたいにひき肉に混ぜたらきっと美味しいはず。
というわけで、スーパーで安かった豚ひき肉と、刻んだ行者ニンニクを混ぜて、お気に入りの粉末スパイスを振りかけたらアルミホイルで包み焼きにしました。

熱々、炊きたてのお米の上に、行者ニンニクのひき肉炒めをちょこんと乗せただけ。シンプルだけど、お米がモリモリ進む濃い味でお箸が止まりません。
やっぱり私は花より団子です。白い花が美しいだけでなく、食べたら美味しい行者ニンニクのおかげで、春の山歩きがもっと楽しくなりました。