国産ホップの生産量が減りつづけている!
近年のクラフトビール人気で、ブルワーからもビールファンからも注目が高まっているホップ。麦芽、酵母、水とならび、ホップはビール造りに必要不可欠な原料だ。
生産地は、北半球では北緯35〜55度、南半球でも南緯35〜55度が適正地とされる。いわゆるホップベルトだ。日本でいうと、北海道から兵庫県あたりまでとなる。主な生産国はアメリカとドイツ。ホップ畑の作付面積は両者で全世界の生産量の7〜8割を占める。日本の作付面積は80ha(2022年)で、世界の0.1%に過ぎない。
といっても、日本のホップ生産の歴史が浅いわけではない。1876年、北海道でサッポロビールの前身となる開拓使麦酒醸造所が開業した当初から、ホップ生産の取り組みは始まった。その後、生産地は東北、長野、山梨などに広がっていった。品種も、信州早生、IBUKI(いぶき)、ソラチエース、リトルスター、ムラカミセブンなどなど、日本独自の品種が数多く生まれている。
しかし生産量となると、1970年代から始まった下降に歯止めがかからない。直近15年を見ると、2008年の446トンから2023年の123トンと、約4分の1まで激減している。
ほかの農作物にも共通するが、その要因は人手不足だ。ホップは収穫時にかかる労力が特に大きく、高齢の農家にはきびしい農作物に数えられる。機械化が必須なのだが、まだ十分に進んでいない。
そもそもビール主原料の麦芽とホップは莫大な量が使用されるため、すべて国産で賄うというのは現実的ではない。実際、大手のビールは水と酵母以外は、ほぼ輸入と言われる。それでもホップの品種を開発し、生産技術を高め、自前の生産能力を維持することは大切だ。
国産ソラチエースの畑を拡大中
きびしい状況ではあるが、大手も手をこまねいているわけではない。国産ホップを盛り上げたい、その主旨のもと、ソラチエースの品種登録40周年に合わせた共同イベントが開催された。
ではソラチエースとはどんなホップなのか。まず、その経歴を紹介しよう。
ソラチの名は北海道の空知にちなむ。サッポロビール原料開発研究所の所在地、上富良野がある地である。その畑で開発されたホップが1984年に品種登録された。ソラチエースは明確な個性を持ったホップだ。ヒノキやレモングラスを思わせる香り。ディルというハーブ様の香り。複雑でありながらフルーティさ、爽やかさを併せ持つ。これだけ際立つ個性があるからこそ品種登録されたのである。
しかし当時の日本のビール業界でソラチエースは苦戦する。ホップはビールに苦味や香気を与え、泡の形成、抗菌作用などの役目をもつが、40年前の日本で好まれたのは爽快にゴクゴク飲めるビールであり、ホップに強い香りは求められていなかった。
日本では日の目を見ぬまま、1994年、ソラチエースはアメリカに渡る。アメリカでも苦戦は続くが、2002年、ホップ農家のダレン・ガメシュ氏がその個性に注目した。これにニューヨークの当時新進気鋭のブルックリンブルワリーのヘッドブルワーが惚れ込んだ。そして2009年、ソラチエースを使用した「ブルックリンソラチエース」をリリース。すでにクラフトビール人気の高いアメリカで、ソラチエースが初めて注目を浴びた。その強烈なキャラクターに世界の醸造家たちは一目置いた。間もなくヨーロッパにも渡る。日本の親元に帰ってサッポロビールから商品化されたのが2019年のことだ。品種登録から実に35年が経っていた。
国産ソラチエースの生産量はまだとても少ないため、「SORACHI 1984」に使用されるソラチエースは、多くがアメリカ産である。ホップも麦芽もコストを考えると圧倒的に輸入が有利とされる。しかしサッポロは国産ホップの将来を考え、2020年以降、生産量の拡大を図ってきた。2020年に30アールだった作付面積は2023年には360アールと拡大している。
サッポロのソラチエースブリューイングデザイナー新井健司さんは、「いつかは日本産ソラチエース100%を」と目標を掲げる。アメリカ産と日本産で、香りに大きな差があるわけではないが、「テロワールといいますか、その土地の風土、気候などによる特徴はあります。日本産はソラチエースの特性がよりはっきり出るように思います」と語る。
クラフトの醍醐味!造る人が違うとビールはこんなに違う
生産量が増えたことから、今年初めて、サッポロは他社に国産ソラチエースを販売した。そしてそれを使ったビールを飲み比べてみようという企画が、さる9月7日〜8日に羽田空港で開かれた「ソラチエースガーデン」だ。
参加ブルワリーはサッポロの他、キリンビールとの共同出資会社であるブルックリンブルワリー・ジャパン、常陸野ネストビールブランドの木内酒造1823、「よなよなエール」や「水曜日のネコ」などで知られるヤッホーブルーイング、北海道・上富良野にある忽布古丹(ほっぷこたん)醸造の合計5社。
特に、このイベントに向けてリリースされた木内酒造1823、ヤッホーブルーイング、忽布古丹醸造によるビールは三者三様。これぞクラフトビールというバリエーションが楽しめた。
同じ品種でも醸造方法や他の原料との組み合わせで、これほど多様な味わいが生まれる。ビールの楽しさが存分に発揮された飲み比べであった。
15年前からソラチエースを使ったビールを造りつづけてきた木内酒造1823の谷幸治さんは、「ローカルであること。国産原料を用いた日本ならではのビールづくりに挑戦しつづけたい」と話す。今回初めてソラチエースを使ったビールを醸造した忽布古丹醸造の堤野貴之さんは「他のホップに代用できない個性があり、使いこなすのには経験が要る」、同じく初めての挑戦になったヤッホーブルーイングの荒井隼人さんは、「ウッディかつトロピカルな要素を併せ持ち、他のホップの香りも引き立たせる。他のホップに替えられない」と話す。その唯一無二ぶりが醸造家のコメントから感じられる。
そしてサッポロの新井さんは、「ビールをホップで選ぶ楽しさもある。ビールの楽しみを広げていきたい」と語る。
すでにクラフトビールマニアの間では、ホップの品種は話題のタネであり、その違いをああだこうだと言いながら楽しんでいる。マニアでなくても、ホップの違いでビールの風味が変わるのは楽しい。それが国産であれば話題性はさらに高まる。何より自前の原料生産は末永くビールを造りつづける上で欠かせない。大手サッポロがソラチエースのホップ畑を拡充していくことには大きな意味があると思う。