佐賀県にビールタンクのプラント製作会社コトブキテクレックスが始めたブルワリーがある。佐賀アームストロング醸造所だ。
大手とは別の視点でブルワリーに取り組む。なぜプラントメーカーがクラフトビールを?
プラントメーカーがブルワリーを始めた理由
佐賀アームストロング醸造所。有明海に流れる筑後川の下流域に建つ。
その名は地元以外ではほとんど知られていないと思う。2021年に始動と、まだ新しいこともあるが、ほとんどが佐賀県内で消費され、外に出回っていないからだ。
運営するのは、プラント機器製作会社のコトブキテクレックス(千葉県袖ケ浦市)。
食品会社の工場の製造やメンテナンスを本業とし、60年前からナショナルブランドのビールメーカーのタンクも製造している。そんなプラント製作企業が、なぜクラフトビールに参入したのか。
ビールタンクを造れる数少ない企業だからこそ
コトブキテクレックスはB to B企業。もともと全国のマクロブルワリーは顧客にあたる。
2015年くらいから日本のクラフトビール人気は上昇、その頃から小型のビールタンクが欲しいという注文がコトブキテクレックスに寄せられるようになった。当時も今も、国内でビールタンクを造れる会社は少なく、中でもクラフトブルワリーが求める小容量タンクを製造するメーカーはほとんどない。
多くのクラフトブルワリーは、ドイツやアメリカ、中国などの海外産を輸入している。
そんな状況の中、大きなビールタンクの製造ノウハウを持つコトブキテクレックスは、中国から仕入れた小型のビールタンクを発注者の仕様にカスタマイズして販売するようになった。
ここ数年のクラフトビール人気の高まりで、ビールタンクの受注は「この先1年くらいいっぱい」という大人気商品になっている。そんなコトブキテクレックスが自らブルワリーを設立したわけを、松本憲幸社長はこう語る。
「クラフトビールの新規参入ユーザーをサポートするため、ショールーム的な施設の必要性を感じていました。自分たちも実際にビールを造ってみないことにはブルワリーさんの気持ちが本当には理解できないだろうとも思いました」
そこにタンクがあるから。そこに麦があるから
もうひとつ、松本社長をブルワリー設立に誘った理由がある。原料の麦だ。
佐賀県はビールの主原料である二条麦の日本一の生産地なのだ。「ここにタンクがある。ここに麦がある。ビールを造らない理由はない!」のであった。
コトブキテクレックスの佐賀工場に隣接する空き地にブルワリーと製麦工場を建設。タンクはもちろん、ブルワリーの施工技術もあれば、土地もある、というブルワリーは滅多に存在するまい。
地元の大麦100%使用、製麦機も自作のレアブルワリー
ビールの主原料は麦芽、ホップ、酵母、水。麦芽は主に二条大麦からつくられる。国内で生産されるビールのほとんどは輸入した二条大麦を使っている。日本産は収穫量が少ない上、何よりコストが高くなる。
ゼロベースから造った製麦機
麦に吸水させて発芽させて麦芽をつくる。この工程を製麦という。大手のビールメーカーは自社に製麦設備を持っているが、自社で製麦を行っているマイクロブルワリーはほとんどない。
そこでコトブキテクレックスは製麦機を造った。いくらプラントメーカーとはいえ、製麦機を造ったことはなかった。それどころか「日本国内に製麦機を製造するメーカーがなく、見本になるものがなかったのでゼロベースから造りました」(松本社長)という。
製麦機のマニュアルがなければモルティング(発芽工程)のノウハウもない。ブルワーたちは、ドイツ・ベルリン工科大学の『Technology Brewing & Malting』や『麦酒醸造学』(松山茂助著)といった醸造学の名テキストを読み解き、試行錯誤を重ねながら実用化した。
水以外は輸入のクラフトビールなんてつまらない!
「せっかくビールを造るのに、水以外は輸入品なんてつまらない。うちはショールーム的な実験醸造所なので他がやらないことにトライしたい。その成果を高いタンクを買っていただいたユーザーに還元できれば、喜んでもらえるでしょう」(松本社長)
自作の製麦機で、地元佐賀県産の二条麦を製麦し、ビールを造る。
佐賀アームストロング醸造所は他のブルワリーがやりそうもないことを次々と試行している。発酵タンクはオープンファーメンターという蓋なしタイプを採用。タンクの上層で発酵中のビールの泡がブクブクしているのが見られる形だ。
「これに定点カメラを据えて泡の挙動を観察し、発酵管理の新たな指標がつくれたら面白いと思いましてね」(松本社長)
さらに、本業の都市ガス混合装置のノウハウを応用して、麦汁に微細な酸素を溶け込ませる「麦汁換気(エアレーション)」、貯蔵中にCO2を混ぜ込む「CO2換気(カーボネーション)」などの開発も試行中だ。
「クラフトビールを造る人たちは、けっこうこういうとんがったものを面白がってくれますよね」(松本社長)
小規模なクラフトビール会社にはとてもできない実験である。こうした技術が確立すれば、もしかしたら発酵がより早く進むかもしれないし、より炭酸のシュワシュワが楽しめるビールができるかもしれない。プラントメーカーだからこそできる大胆な試行に期待が高まる。
シャンパンボトル入り高級ビールも実験中
佐賀アームストロング醸造所が造るビールは現在2種類。「ストロングバーレー」と「ヴァイツェンボック」というスタイルだ。
「ストロングバーレー」はワインのようにアルコール度数が高く、半年以上熟成させる。まさに飲みごたえストロングなエールだ。
一方、「ヴァイツェンボック」は小麦を使った上面発酵ビール。どちらも「自家製麦芽の個性を生かしたスタイル」(醸造長の伊藤讓二さん)と話す。
しかも、それが720ml容量のシャンパンボトルに入っている。パーティ会場で栓を抜けばポンといい音がする、グラスに注げばもちろんシュワシュワ泡立つ華やかなビールだ。価格は2,750円(税込み)。
これも、全国に今700軒になろうというクラフトビールブルワリーと同じようなビールを造っていてはつまらないという考えから生まれた。かなりニッチな市場を狙ったビールだ。
佐賀を盛り上げるビールと数々のアイデア
また、佐賀といえば焼き物で知られる。有田焼、唐津焼はつとに有名だ。
今、佐賀アームストロング醸造所は、地元の陶芸作家と組んでビアカップ作りを進めている。いずれはビアバーにボトルキープならぬビアカップキープを広めたいと語る。
ドイツ・ミュンヘンのオクトーバーフェストで世界的に有名なビアハウス「ホフブロイハウス」には、常連たちの専用ロッカーがあり、その中にマイビアカップがキープされているそうだ。
常連はテーブルに着くと店員にロッカーの鍵を渡す。すると、マイカップにいつものビールが注がれて出てくるというわけだ。ビール王国のそんなビアハウス文化が遠く離れた佐賀で再現されたら……ババリアの人たちも喜ぶに違いない。
地域イベントともつながり始めている。2023年5月27日(土)〜28日(日)には、昨年から始まった音楽フェス「Karatsu Seaside Camp 2023 in玄界灘」(波戸岬海浜公園)に出店する。
昨年は、ブルワリーの先にある有明海にボトルを沈め、海中熟成させるイベントも行った。有明海苔と海中熟成させた佐賀アームストロング醸造所のビールをセットで商品化。地域産物の話題作りに取り組む。
ビールタンクのメーカーが自らを実験台にしながら、新しい技術や設備にトライしている。そのひとつひとつがマイクロブルワリーのデータとして蓄積される。それが日本のクラフトビールにどんな好影響をもたらすのか。縁の下の力持ちに注目したい。
佐賀アームストロング醸造所
佐賀市諸富町徳富159-1
https://www.facebook.com/SAGA.Armstrongbrewing/