なだらかなカーブを描いてどこまでも続く牧草地で、幸福そうに草をはむひつじたち。彼らにゆっくりと近づき、わしわしと愛おしそうに頭をなでて頬ずりするヒゲのおじさん――これは、人より羊の数が4倍(!)も多いという北欧のひつじ大国、アイスランドを舞台にした牧歌的ほのぼの映画の始まり、ではない。隣同士に暮らしながら40年間も絶縁状態にあった老兄弟が、「スクレイピー」と呼ばれるひつじの疫病をきっかけに絆を取り戻す物語である。
そう書いてもまだ、いーかんじのヒューマンドラマに聞こえるかもしれない。映画は徹底して静かで(なにしろ主人公がいつも哀しそうな顔の、愛情を注ぐ対象がひつじしかいない初老男だし)、観ているだけで無口になってしまいそうだ。
日常でウキっとするのは、夜のジグソーパズルやちょっと手の込んだクリスマスディナーを手づくりするくらい、という羊飼いの質素な暮らしを淡々と描く。そこに老兄弟の大人げなくて少し笑える、その根っこにある深刻な諍いをブラックにまぶし、それでも静かだった日常が、疫病の発生で一瞬にして失われそうになる牧羊業の厳しい現実をつきつける。クライマックスのかなりビックリな展開を含め、そのすべての塩梅がとてもオリジナルで、カンヌ国際映画祭 「ある視点」部門でグランプリを獲得したのももっともだと思える。
そしてとにかくひつじがカワイイ。よく考えたら、いや、よく考えなくてもかなり悲惨な話なのだが、そこにモコモコとした毛で覆われたひつじがぽけっとした顔でいると、なんとなく気が抜けてしまう。顔の下半分がひつじみたいなモコモコとしたヒゲで覆われた老兄弟の顔を見ても。そして着たおしたネルシャツに年季の入った編み込みセーターを重ねたファッションや、緑の緻密な模様の壁紙の前に真っ赤なクッションが置かれていたりする、北欧らしいこじんまりしたインテリアも独特の味わいがある。
(作品データ)
『ひつじ村の兄弟』(エスパース・サロウ)
監督/グリームル・ハゥコーナルソン 出演/シグルヅル・シグルヨンソン、テオドール・ユーリウソンほか ●12/19~新宿武蔵野館ほか
(C)2015 Netop Films, Hark Kvikmyndagerd, Profile Pictures
文/浅見祥子