人間はキノコを、カブトムシは菌糸を食べる。カブトムシを育てるキノコ「ヒラタケ」
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    2019.01.04

    人間はキノコを、カブトムシは菌糸を食べる。カブトムシを育てるキノコ「ヒラタケ」

    シイの森の中の倒木を土に返す「ヒラタケ【食】」の群生。真上に成長する環境では柄があることが多い。

    キノコを採って&撮って30年! マッシュ柳澤の知れば知るほど深みはハマる野生菌ワールドへようこそ!

    平安時代末期に編まれた説話集「今昔物語」や、瘤取り爺さんの物語で知られる「宇治捨遺物語」に登場するなど、ヒラタケはシイタケなどと並んで、日本人に古くから親しまれてきたキノコだ。

    晩秋から翌年の春まで発生し、「カンタケ」の別名どうり真冬でも見かけるが、雪深い地域ならともかく、関東地方の太平洋岸では、乾いた北風に吹かれて干からびていることが多い。湿気の多い沢沿いなどを探した方がいいだろう。

    主に広葉樹の枯れ木に発生し、大きいものでは手のひら大。ほとんどはホタテ貝の様な平たい貝殻形だが、倒木や埋もれ木の上面に出た場合は円形から杯型になり、中心近くに柄ができて栽培品のヒラタケに近い均整のとれた形になる。

    標準的な貝殻型のヒラタケ。垂直面に発生する場合の多くは柄が無い。

    わが家ではやはりバター炒めが定番か。味はクセが無く、汁物から炒めものまで何でも使える。大きなものは硬いので、普通のキノコのように縦に割かずにヒダに対して直角に、繊維に逆らって切って食べやすい大きさにして料理した方がいいだろう。

    栽培の歴史は古く、かつては「しめじ」の商品名で大量に流通していたが、次第に日持ちの利く「ブナシメジ」に押され生産量が激減した。残念なことにスーパーの生鮮売り場では、最近あまり見かけなくなってしまった。

    私としては、クセの無さ歯触りの良さで、若干香りにクセのあるブナシメジより食味は上と思うのだが。

    人間用のヒラタケの生産が落ち込む一方、意外な用途のためのヒラタケの利用法が注目されている。それは昆虫、特に甲虫の飼育を趣味にする人にはすでに常識かもしれないが、クワガタやカブトムシの幼虫の餌のための需要だ。最近、昆虫ショップでヒラタケの菌床栽培用の菌糸ビンが盛んに販売されている。

    子供の頃、いったい何匹のカブトの幼虫を死なせたことか…

    小学生の頃、カブトムシの幼虫を飼うのがクラスの男子の中で流行ったことがある。私の家は材木店だったから、材木集積場の隅っこにある、廃材や木屑を捨ててできた小山の下を掘ると、カブトムシやもう少し小さな、恐らくクワガタの幼虫を何匹も捕まえることができた。

    甲虫の飼育といっても、子供のやることだから正しいやり方なんて判ってはいない。当時はまだ、昆虫ショップで飼育用品も販売されていなかったし、周りにそういった知識を持っている大人もいなかった。なんとなく、あまり新しいのはダメそうに思ったので、少し古めのおが屑を木箱の中に入れてその中に幼虫を埋めて置いた。おが屑を霧吹きで湿らした方が良いと教えてくれたのは父だったろうか?

    だが結局、うまく行った試しがなかった。黒くなって縮んで死んでしまった幼虫を見て何度も悲しい気持ちになった思い出がある。

    なぜカブトやクワガタにキノコを? 菌床の中で幼虫が育つメカニズムは?

    実はクワガタやカブトムシは、ほとんどおが屑から栄養を吸収することができない。

    枯れた木の組織は、主にリグニン、セルロース、ヘミセルロースの三つの物質が絡み合ってできている。あくまで例えだがリグニンは建物で言えばコンクリートに当たり、セルロース等は鉄筋に当たる。つまり、強固なリグニンを分解しないと、最も栄養豊富なセルロースにたどりつけないのだ。カブトムシなどの幼虫には、この肝心のリグニンを消化分解する能力が無い。

    リグニンを分解する能力を持つのは、生物の中で菌類だけで、その中でも白色腐朽菌と呼ばれる一群だ。因みにセルロースを分解する菌類は褐色腐朽菌という。

    カブトムシやクワガタの幼虫は、木材の中に張り巡らされた白色腐朽菌の菌糸や、分解されて出来た物質を食べている。幼虫はキノコが無いと生きていけないのだ。

    セルロースの分解に関しても、幼虫は腸内に内在するセルロース分解能力を持つ微生物に頼っているといわれるが、能力はあまり高くなくて、その点でも菌類に依存しているのではないかといわれる。しかし、その辺りのことはまだよく判っていないという。

    ヒラタケもこの白色腐朽菌の仲間だ。

    長年のキノコ栽培の技術的積み重ねの結果、製法や管理法が確立されていて、ヒラタケの菌床は安定性が高い。それが、クワガタやカブトムシの飼育に転用された理由の一つだろう。

    もちろん幼虫の餌になるキノコはヒラタケだけではない。他にタマチョレイタケ科_シロアミタケ属の「カワラタケ」なども使われる。カワラタケもやはり白色腐朽菌の仲間で、人間向きには薬用として利用される。幼虫は自然界では、さらに多種多様な菌の菌糸を利用しているのだろう。

    ●カワラタケ(食べられないキノコ)

    学名:Trametes versicolor (L.) Lloyd

    抗がん剤の効果があると注目されている。

    【環境】

    広葉樹枯れ木上に多数が折り重なるようにして群生。

    【形状】

    強靭で薄い皮質。大きさ1㎝から5㎝。側生し柄は無い。

    【カサ】

    半円形で、黒、暗青褐色、褐色などから成る細かい環紋を呈す。表面短毛に覆われ、ビロード状。

    【管孔】

    初め白色、のち淡黄褐色から汚褐色。管孔の長さは1㎜未満。孔口は円形で小型、3~5個/㎜

    【食毒】

    薬用。乾燥させて煎じて飲用する。

    幼虫の飼育に使う菌床は、菌糸ビンが主流だという。もともとヒラタケの菌床栽培用のものを、昆虫飼育用にアレンジしてそのまま転用したもの。キノコの栽培用のビンと同じ形をしている。栽培用のものと基本的に変わらないから、当然条件が合えばキノコが発生する。

    ヒラタケの菌糸ビンの場合、温度20℃から15℃の間で維持し、ビンを叩いたりして刺激を与えると良いという。チャンと(キノコを)育てると、立派なヒラタケが生えてきてもちろん食べられる。新鮮さこれ以上は無いヒラタケ、味はこれ以上は無いほど美味いという。

    カブトムシが飼えて、キノコも採れる。一石二鳥。幼虫の気分になって食べてみるのもいいかも知れない。

    ●ヒラタケ(食べられるキノコ)

    学名:Pleurotus ostreatus (Jacq.) P. Kumm.

    発生環境によって柄の様子が変わる。垂直に成長した場合ははっきりした柄があり、偏心生。水平に成長した場合の柄は短く不明瞭。カサの側面に着く。

    【環境】

    晩秋から初春、広葉樹の枯れ木上。束生、群生する。

    【カサ】

    幼時、縁が内側に巻く。饅頭形のち貝殻型に開くが、発生状況により時に浅い漏斗型になる。表面は平滑で吸水性。幼時、黒褐色。成長するにつれ灰褐色から淡褐色。

    【ヒダ】

    やや密で柄に長く垂生する。淡灰色から白色。

    【柄】

    多くの場合カサの中央から外れ、偏心生または側生。表面、白色で根本に白色菌糸毛がある。中実。ツバは無い。

    【肉】

    白色で無味。特別な匂いは無い。柄の基部に黒い染みは無い。

    【食毒】

    食用として栽培され、美味。

    ●ツキヨタケ(※猛毒※)

    学名:Omphalotus japonicus (Kawam.) Kirchm. & O.K. Mill.

    柄の断面の基部にある黒い染みと、ツバがある点がヒラタケやほかのキノコとの見分けのポイント。

    【環境】

    広葉樹、主にブナの枯れ木上に重なり合うように群生。

    【カサ】

    貝殻型から半円形。稀に柄が中心生の場合などは不正円形。表面には蝋細工の様な質感があり、平滑。紫褐色から暗褐色。しばしば淡黄色が混じり斑入り状。

    【ヒダ】

    汚白色で柄に垂生しやや疎。弱い発光性がある。

    【柄】

    ふと短く中実。側生することが多いが、稀に偏心生または中心生。柄の上部に黒褐色で帯状のツバがある。

    【肉】

    類白色で無味だが異臭がある。柄の基部に黒褐色の染みがある。

    【食毒】

    猛毒で死亡例もある。

    【注意】

    幼菌では印象が大分違う。全体に黄土色で、柄の基部の黒い染みは不明瞭。注意を要する。

    文・写真/柳澤まきよし
    参考/
    「原色日本新菌類図鑑」(今関六也、本郷次雄著 保育社)
    「日本のキノコ262」(自著 文一総合出版)

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