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黒田未来雄の脱サラ猟師からの手紙 第3回 オーロラの温もり
狩猟家 黒田未来雄

1972年生まれ、東京都出身。元NHKディレクター。2006年からカナダ・ユーコンに通って狩猟体験を積み、10年後、北海道転勤を機に自らも狩猟を始める。現在はNHKを早期退職して北海道に移住。狩猟採集生活を行ないつつ、執筆や講演を通じてその魅力を発信中。
ミキオ 雪原を疾走
2023年2月、厳冬のカナダ・ユーコン準州。北緯60度のこの地では、気温はマイナス20度Cが当たり前。マイナス30度Cを下回る日もザラだ。そこに風がちょっとでも吹こうものなら涙があふれて凍り、上下のまつ毛がくっついて目が開かなくなってしまう。当時暮らしていた東京とはあまりに環境が違い、体が慣れるのに数日かかる。
僕が勤めていたテレビ局では、年に一度、1週間の連続休暇をとることができた。その度に僕は、カナダ先住民であるタギッシュ/クリンギット族のキース・ウルフ・スマーチさんに会いに行った。キースの職業は彫刻家だ。クリンギット族の伝統的なスタイルで、高さ10メートルを超えるトーテムポールを巨木から彫り上げる。彼はユーコンで最も有名な彫刻家であるとともに、優秀なハンターでもある。訪問するたびに狩猟に同行し、追跡や解体の技術だけでなく、動物を敬う心までも教えてもらった。キースは僕を狩猟の道にいざなってくれた恩師だ。
キースはこの時期、銃は使わない。ヘラジカなど、肉を得るための銃猟は最も脂が乗る秋に行なう。厳冬期は罠猟の季節だ。モフモフでポカポカ、最上級の冬毛をまとった獲物を、毛皮を傷つけないように罠で捕獲する。狙うのは、イタチ、カワウソ、クズリ、オオヤマネコ、オオカミなど多岐にわたり、それぞれの獲物に合わせて大きさも構造も違う罠を使い分ける。
罠猟師はみな、「トラップライン」と呼ばれる、罠を仕掛けるための自分だけのルートを持つ。キースもいくつかのトラップラインを持っている。メインで使っているのは、家の裏庭から森を抜け湖に出てまた戻る周回コースだ。既にそこにはたくさんの罠が仕掛けられていて、キースは毎日チェックして回っていた。
巡回に使うのはスノーモービルだ。キースが真新しい大型マシンのエンジンをかけた。僕はてっきり後部座席に乗せてもらえるのかと思っていたが、甘かった。
「こっちへ来い」と納屋の後ろに連れて行かれる。そこには相当年季が入った緑色のスノーモービルが置かれていた。メーカーはヤマハだがパキスタン製だそうだ。セルモーターはない。キースがリコイルスターターのコードを思い切り引いて始動させた。ツーストロークのエンジンが、爆音を響かせながらもうもうと白煙を吐き出す。
「コイツは操作が単純で重量も軽い。スノーモービルの扱いを覚えるには一番だ。ミキオが運転してみろ」
アクセルは親指で押すタイプであること。バックギアがないので、カーブを曲がりきれなかったら降車してマシンの先端を持ち上げ、力任せにずらすこと。説明はそれだけ。あとは体で覚える。これまでも、いつもそうだった。失敗しながら学べ、というのが師匠の教育方針。それでも本当にマズい事態に陥ったときは、必ず助けてくれる。
「行くぞ!」あっという間に姿が見えなくなったキースを、雪上のわだちを頼りに必死に追いかける。森の中を走るトレイルはグネグネと折れ曲がっている。マシンにまたがる姿勢はオートバイに似ているが、カーブのときに内側に車体を倒せない点が大きく違う。重心を傾けることで自然に曲がることができるオートバイと違い、切ったハンドルを支える腕の力が頼りだ。
路面の凹凸もかなりなものだった。アクセルをふかさないと大きな突起を超えられないが、スピードを出しすぎると窪みに突っ込んだときに凄まじい衝撃を食らう。ふと、HiとLoというスイッチがあるのに気付いた。四輪駆動の自動車にも、ハイとローの切り替えがある。スピードが出せる平坦な場所ではHiに、トルクが必要な凸凹をゆっくり進むときはLoに切り替える。
ようやく調子が出てきたところで、分岐で待っていてくれたキースに追いついた。ギアを切り替えながら進んできたことを報告すると「そのスイッチはヘッドライトのハイビームとロービームの切り替えだぞ」と笑われた。
しばらく走ると、小さな池に出た。ビーバーが木を積み上げ、沢をせき止めたことでできたものだという。最初の罠ポイントだ。ビーバーのダムはオオヤマネコが川を渡るときの獣道となるため、首が引っかかる高さにくくり罠を仕掛ける。輪の直径は、広げた手の親指から小指くらいだ。
すぐそばの獣道には、オオカミ用の罠も仕掛けられていた。オオカミは強靭な顎でワイヤーロープを噛み切ってしまうため、径の大きい頑丈なものを使う必要がある。買ったばかりのワイヤーロープは機械油のにおいがするのですぐに見破られてしまう。だから針葉樹の枝と一緒に鍋で煮込む。そのままワイヤーを引き上げると水面に浮かんだ油がまた付着してしまうため、上澄みをこぼしてから慎重に取り出す。罠を仕掛けるときも、スノーモービルを運転してきた手袋にはこれまた機械油のにおいがついているので、手袋を替える必要がある。そこまで注意を払っても、賢いオオカミを捕獲するのは至難の業だ。キースをもってしても、今まで1頭しか獲ったことがないという。
森を抜けると、凍結した大きな湖が広がる。キースが一気にスピードを上げる。置いていかれないように僕もアクセルのレバーを握り込んだ。ただでさえマイナス20度Cの大気が強風となって襲いかかってくる。目を大きく開けていることなど到底できない。状況がギリギリ把握できる程度に細めるが、すぐに眼球がキンキンに冷えてきて頭の芯が痛くなる。子供のころ、アイスクリームをがっついて食べたときの、あの痛みと同じ感じ。
湖の縁をしばらく走ったところでキースが止まった。岸沿いの湖面がこんもり盛り上がっている。高さ1.5メートル、直径は5メートルほど。雪山の下には木の枝や幹を重ねて作ったビーバーの巣があるという。巣の出入り口は水中にある。極寒の地で、水中を泳いで暮らすビーバー。食べるものは木の枝だけ。それなのになぜ、彼らの命の炎は燃え続けていられるのだろう。
雪山を注意深く観察していたキースが、てっぺん付近の雪をそっと取り除く。そこには小さな穴が空いていた。ビーバーの体温や呼気が雪を溶かしてできたものだ。穴の中には、温かい水蒸気が冷やされて凍りついた氷の結晶が成長していた。
「奥にビーバーがいるぞ。息を潜め、我々の声をじっと聞いている」
ビーバーは家族で暮らす。吹きさらしの湖面の下に、彼らのささやかな暮らしがある。この瞬間も一家は身を寄せ、体を温め合っているに違いない。彼らの吐く息が結晶となった氷のきらめきが、たまらなく美しく、尊く、愛おしく感じた。
雲を見上げる人
帰宅し、冷え切った体を薪ストーブで温めていると、キースの奥さんのドナがひとりの老女を連れて帰ってきた。名前はベッシー。年齢は80歳近くで、キースの母親の従姉妹だそうだ。
ベッシーは毎日のようにキースの家にやってくる。目つきは鋭く、しかめ面をしていることが多い。おいそれと話しかけることができない空気をまとっていて、ちょっと怖い。ドナは、彼女に毎回食事を振る舞っていて、ベッシーは当然のようにそのもてなしを受けている。
ベッシーは、キースが暮らしている集落から50キロほど離れた山奥で生まれた。クリンギット語を第一言語として話していた、最後の世代。もうそうした人は、この集落では数人しか残っていないそうだ。
ベッシーのクリンギット名は「グーツ・ドゥティーン」。「雲を見上げる」という意味だ。なんと美しい名前だろう。
先祖から伝わる自分たちの言語を絶やしてはならないと、ベッシーはコミュニティセンターで集落の若者たちにクリンギット語を教えている。キースの親族の中にも、先住民の言語を学んでいる若者は多い。彼らが家を訪れると、ベッシーは容赦なくクリンギット語で話しかける。「私の言っていることが分かるか?」 と問い詰める。
若者は懸命にベッシーの言葉を聞き取り、繰り返す。ここでは老人がきちんと威厳を持ち、若者たちは彼らを敬う。老人は文化や知恵を次の世代に伝える努力を怠らず、若者にはそれを吸収する意欲がある。美しい光景だ。
真剣に話しているかと思えば、笑いを交えることもある。「マーシィシィ・イトゥーク」は「クソッタレ」。「クレフェ・ドット・アウェ」は、「余計なお世話」。若者たちは爆笑だ。
ベッシーは先住民の精神世界についても熱く語る。この世には、人間が生きている領域と、スピリットが暮らしている領域の2つの世界があるという。実はそれらは並び立っていて、とても近しく存在している。たまにほんの少しの時間だけ、2つの世界を行き来することもできる。
自分の目で見たこと、耳で聞いたことが、信じられないくらいすごかったとき。あれは本当に現実だったのだろうかと、と後から考えてしまうような出来事。そうした瞬間、人はみな知らず知らずのうちにスピリットの世界と交わっているだという。
みんなの後ろに座り、黙って話を聞いていた僕に向かって、ベッシーが突然話しかけてきた。
「そこの若いの、よく聞きなさい。オーロラの光が、私たちを温めてくれている。我々は偉大なるスピリットと繋がっているんだ」
睨みつけるような目をして、叩きつけるような語調だった。言い終わるやいなや、ベッシーは急に僕への興味を失い、再び若者たちに語り始めた。
やがて若者たちは帰った。残されたベッシーはひとりでビールを飲んでいる。僕は彼女に、先ほどの言葉の意味をもう一度詳しく聞き直そうかと思ったが、しばらく悩んだ後にやめた。そしてベッシーの言葉を、そのまま大切な贈り物として、自分の心の引き出しにしまうことにした。
僕は、かつて自分が見たオーロラのことを思い出していた。1998年12月、アラスカでのことだ。遠い空でユラユラと揺れる淡い緑色のカーテンが、徐々に広がって空を覆った。オーロラは勢いを増し、緑に加えて、青、オレンジ、赤などの色が加わる。気付くと、光は地面を覆う雪にも反射していた。頭上も足元も、僕は七色の濁流に取り囲まれた。激しい光の動きとは対照的に、音は皆無だった。視覚に凄まじい刺激を受けながらも、夜の森は完全に静まり返っている。強烈な違和感を感じ、脳が混乱する。それは恐怖にも近い感情だった。
しかし、ドラマは光だけにとどまらなかった。しばらくして、森の奥から野太い遠吠えが聞こえてきた。オオカミだ。熱を持たない無機的な光が、オオカミの心に火をつけたのだ。太陽が放出したプラズマによる物理現象と、この森の肉食動物の頂点に立つ獣との競演。天と地が共振している。そして僕は、自分を含めた幾多の命が、人智を超えたとてつもなく大きな力によって生かされていることを体感した。
ベッシーが言っているのは、あの夜に僕が受け取ったオーロラとオオカミからのメッセージのことなのではないだろうか。少しの時間だけ人間とスピリットの世界が交錯し、僕は大いなるものと言葉のない対話をしていたのかもしれない。過去の荘厳な体験と、古老よりの教えがひとつの輪となり、15年の歳月を経て僕の中で実を結んだ。
朝まだきの遠吠え※
翌朝。僕はひとりでトラップラインを見回ろうと、暗いうちから起き出した。キースたちはまだ寝ているので、スノーモービルのエンジンをかけるのははばかられ、歩くことにした。
朝ぼらけの森の中を、目を凝らしながらゆっくりと進む。残念ながら罠には何もかかっていない。家を出て2時間。湖のほとりのビーバーの巣まで来た。彼らの呼吸によってできる霜は、昨日より少しだけ大きくなっているように見えた。
湖の対岸には長大な山塊がそびえ立つ。折しも東の空は朝焼けに染まり、西の斜面には大きな月が落ちようとしている。僕は夜と朝の間に立っている。そして今、ここから見えている広がりの中には、ビーバーの息吹が、オオカミの気高さが、溶け込んでいるのだ。
突如、熱いものが体の底から突き上げてきた。マイナス20度Cの空気を胸いっぱいに吸い込み。僕は甲高い声で遠吠えをした。湖は広く、山は遠いにもかかわらず、こだまが行き来する。無論、オオカミが応えてくれるはずがないことは分かっている。それでも良かった。コントロールできない衝動に駆られ、声を限りに幾度も叫び続ける。
月が完全に落ち、最後の遠吠えが山と湖に溶け込んでゆく。朝日が差し込み、今日という新しい世界の誕生を告げ、その奇跡をまぶしく照らし出した。
※朝まだきとは、夜が明けきらないころのこと。
最上級の冬毛をまとった獲物を毛皮を傷つけないように罠で捕獲する

キースの工房の一角。ヘラジカの角に乾燥中の毛皮がかけられている。大きいほうがオオヤマネコで、小さいほうはキツネ。全てキースが獲った。

このスノーモービルには手を焼いた。かなり硬いアクセルレバーを親指で押し続けると、すぐ握力がなくなるし、指先が冷え冷えに…。
「The northern lights keep us warm.」
「オーロラの光が、私たちを温めてくれている」
実際にオーロラが出る夜はとても寒い。しかしその不思議な光は、生きとし生けるものの魂を燃え上がらせる。
※イラスト/ブッシュ早坂(編集部)
(BE-PAL 2026年1月号より)







