13年前の秋の夕暮れ、多摩川で見たあの光景が大きなきっかけだった。なだらかに落ちていく広大な瀬を、無数の魚たちが飛び跳ね、盛り上がるようにうごめく水面。ドライスーツを着込み水中マスクを付けて流れに腹ばいになった瞬間、「なんだ、こりゃー」とシュノーケルを咥えながら叫んだ思い出がある。数え切れないほどのアユの群れが一斉に産卵活動に入った光景を目の当たりにしたのだ。
あの日の多摩川との出会いから、もう僕の自然観は地方の山々から中央の大都市東京に向かっていた。コンクリートの隙間から顔をのぞかせる植物にさえドキッとしてしまうほどになった。そして本格的に撮影を開始する準備を始め、日常の多摩川ではない非日常の多摩川を撮るために、通った。
3年の目標だったのが気づいてみれば13年も経っていた。撮影でいつも念頭においていたことは、ポジティブに見て賛美する、これを貫き通した。その方が見ていて楽しいし幸せでいられる。都会の自然と人の共存の法則かもしれない。
人間社会の都合に何一つ文句も言えず、けなげな姿で生きようとする生き物たちを観察しているとき、胸が熱くなったことを思い出す。個々が自分の意志で行動する、命がそこにはあるのだ。「生きること」、こんなあたりまえのことを、住まいから程近い多摩川の小さな小さな生き物たちに教わったような気がしてならない。
写真集あとがきから/津留崎健
●「Tamagawa・東京ネイチャー」写真展開催!
山梨県の笠取山で生まれた多摩川は、自然豊かな山間部を縫って山を下り、東京都民の命の水として八王子の羽村取水堰から引かれ利用されているが、中下流域からは、それらを浄化処理した人工的な水が再び戻されて流れを満たすという、特別な経路をたどった東京の大都市河川である。
家庭で利用されて人の体を通り抜けた水が都市部の流域を流れて行くという現実。そこでは人知れず驚くべき自然の生命の循環が営まれていた。
年間400万尾以上が多摩川に上る天然江戸前アユの遡上と産卵・孵化。また、水を介して人と共存しながらも、新しい生命を残そうと特異な環境で力一杯生きようとするさまざまな生き物たち。
多摩川の素顔を追った「東京ネイチャー」に迫る。
キヤノンギャラリー銀座 2015年10月8日(木)~ 10月14日(水)
キヤノンギャラリー札幌 2015年11月5日(木)~ 11月17日(火)
キヤノンギャラリー福岡 2015年12月3日(木)~ 12月15日(火)
キヤノンギャラリー名古屋 2016年1月5日(火)~ 1月20日(水)
津留崎健さんの「Tamagawa・東京ネイチャー」写真集9月末出版予定。
A4判並製128P・定価 本体2,800円+税・発行(株)つり人社