両極端が調和する不思議な街「東京」を再発見

2019.07.12

神田川と隅田川合流地点からの隅田川。絶景!

 深読みしながらアウトドア旅を倍味わう。そんな楽しみ方を推奨する連載「文化系アウトドアのススメ」です。前前回から、東京のど真ん中をのんびり船旅中。

人工美の粋!「御茶ノ水渓谷」をゆく

日本橋を出港した船は、日本橋川を西上して、小石川手前で神田川に合流、仙台藩が開削した人工の渓谷を進んできました。

 最近では御茶ノ水渓谷、あるいは神田川渓谷などと呼ばれて人気だそうですが、江戸時代にも景勝地として大人気で、「茗渓(めいけい)」と呼ばれていました。「茗」はお茶のこと。このあたりにお茶に最適な美味しい水が湧いていたことに由来すると言います。御茶ノ水という地名は、とてもポピュラーですが、そんな由来があったんですね。茗渓は、お茶の水を風雅に言い直した名称ということでしょう。

今回はいよいよ神田川クルーズ®後半へ。緑の矢印のルートを巡ります。

御茶ノ水駅そばの聖橋を抜けると、間もなく「昌平(しょうへい)橋」が現れます。この昌平橋も、時代小説や歴史小説によく登場する橋です。神田川の北岸には湯島の聖堂がありますが、このエリアには、幕府の教育機関・昌平坂学問所もありました。今もお茶の水から駿河台を下った先の神保町エリアは、大学も多く古本屋街もあって、文化の薫りが濃厚ですが、江戸時代からの伝統なんですね。

前方のレンガ橋が昌平橋。上部を通るのはJR総武線。左方先に秋葉原駅があります。

 そして、万世橋が登場。万世橋は、秋葉原を代表する場所ですから、ご存じの方も多いと思います。私もよく付近を通りますが、川側から見上げると新鮮です。万世橋は明治に架けられた橋で、前身は「筋違(すじかい)橋」という橋。これも時代小説によく出てくる橋ですね。

万世橋。今はまんせいばしと読みますが、架橋当時は「よろずよばし」だったらしい。

 このあたりは、江戸時代も船による流通取引が盛んで、多くの商家が建ち並んでいた場所です。明治に名前を変えた橋もいくつかあったりして、明治政府ゆかりの香りが漂うような気がします。

 「神田ふれあい橋」「和泉橋」「美倉橋」「左衛門橋」とくぐり、「浅草橋」にやってきました。JR総武線に「浅草橋」駅がありますから、こちらもお馴染みですね。日光へ至る奥州街道の要衝地として有名です。

万世橋。今はまんせいばしと読みますが、架橋当時は「よろずよばし」だったらしい。

浅草橋。周囲には屋形船がたくさん停留していました。

浅草橋から柳橋の間には、江戸時代には、新吉原へ行く猪牙船(ちょきぶね)の船宿や料理屋が立ち並んでいたそうです。今もこのエリアに屋形船がたくさんあるのは納得。

江戸文化の揺籃「両国広小路」と「大川」

柳橋をくぐると、一気に視界が広がります。隅田川に合流しました!

上流に見える橋はJRの鉄道橋。その奥にはスカイツリーが見えます。

隅田川は、埼玉の秩父界隈を水源とする荒川の分流です。岩淵水門から東京湾の河口までを隅田川と呼ぶそうで、時代小説などでは「大川」とも呼ばれ、やたらと登場する川です。今回の船旅ではくぐれなかったのですが、もうちょっと上流にある「吾妻橋」から下流を、「大川」と呼ぶとされています。

今聞くと意外ですが、架橋当時は、現在の両国がある一帯、つまり隅田川東岸は下総国でした。江戸ではなかったんですね。そのため西岸である江戸(武蔵国)と、下総の二つの国を結ぶ橋という意味で両国橋と呼ばれたんだそうです。

両国橋。1659年ごろに創架。隅田川に架けられたのは千住大橋に続いて二番目。

両国橋の西詰には、火除け地として「両国広小路」が設けられました。火除け地ですから、常設の建造物は建てられず、仮設の芝居小屋や店が建ち、江戸有数の歓楽地としてにぎわったと言います。この両国広小路、両国橋、大川の流域は、江戸の人々にとって親しみやすく、生活に溶け込んだ空間だったようで、絵画や文学作品などにも多く表現されました。まさに江戸文化の揺籃(ようらん)。江戸文化を代表する美意識「粋」は、このあたりで育まれたと言っていいと思います。

「自然」と「都会」を同時に味わえる特別な場所

隅田川に出ると少し船が揺れますね。さすが暴れ川・荒川の分流。風も強くなり、水しぶきもたまに上がります。日本橋川から神田川は人工的な流れでしたから、隅田川の雄大さを一層強く感じます。

新大橋。隅田川に架けられた三番目の橋。下流から上流に向かって撮影。

それにしても大きな河です。こんなに広い空は、23区内では、なかなかお目にかかれません。この川の流れと空を感じるだけでも、日ごろのストレスがどこかへ行ってしまうような気がします。

 キラキラと光る水面を、両国橋から15分ほど下ったでしょうか。右に流路が現れました。これが日本橋川の河口です。「豊海橋」をくぐって、日本橋へと前進します。

豊海橋。梯子が横になったような構造はフィーレンディール橋というそう。

 日本橋川に入った途端、雰囲気がガラッと変わりました。隅田川は開放的な雰囲気ですが、日本橋川はやや陰翳が濃い雰囲気です。隅田川が「陽」とすれば、日本橋川は「陰」ですね。上を首都高が走っていて、天井があるような状態だからかもしれませんが……。

そこでふと、余計なことを考えました。都内で働いている人の多くは、日本橋川に漂っているような、どちらかというと「陰」の空気、つまり、緊張感のある雰囲気の中で日々を過ごしてるんだよなあ、そりゃ、疲れるよなあ、と。

 たまには足を延ばして、隅田川を眺めてみるといいんじゃないかと思います。広い空や川の流れをぼけーっと見るだけでも、けっこう気分をリセットできますよね。そしてお勧めは、船に乗ること。いつも踏みしめている地面から足を離すだけでも、何か体にかかっていた圧力から、ちょっとだけ解放される気がします。

日本橋に帰ってきました!

そうこうしているうちに、もう日本橋です。90分は長いかな、と思っていましたが、あっという間でした。

昔と今、水上と地上、自然と都会、緊張と開放……。そんな両極を一気に味わった気がします。面白いことにそんな両極端が、違和感なく調和している。この不思議なバランスが「東京」なのかもしれません。400年の時をかけて、整えられてきたこの在りようは、世界的に見てもなかなかない光景でしょう。

船から見る東京は、とにかく新鮮で深い体験でした。東京観光にいらした方はもちろんですが、東京在住の皆さんにもぜひお勧めしたい。見慣れた風景が、バージョンアップされること間違いなしです。

DATA

日本橋クルーズ®
連絡先:03-5679-7311(東京湾クルージング)
HPhttp://ss3.jp/nihonbashi-cruise/index.html

「神田川クルーズ®90分」 
料金:大人 2,500円 小学生 1,500
※クルーズプランは他にも多数あり。料金や内容については公式サイト参照。

プロフィール

武藤郁子 むとういくこ

フリーライター兼編集者。出版社を経て独立。文化系アウトドアサイト「ありをりある.com」を開設、ありをる企画制作所を設立する。現在は『本所おけら長屋』シリーズ(PHP文芸文庫)など、時代小説や歴史系小説の編集者として、またライターとして活動しつつ、歴史や神仏、自然を通して、本質的な美、古い記憶に少しでも触れたいと旅を続けている。著書に共著で『今を生きるための密教』(天夢人刊)がある。

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