2016.08.17 PR

【移住】100年続く漬物蔵から生まれたヒット商品。 開発者は佐賀に移住した30代音響技師でした。

  • ツイートする
  • シェアする
  • pocket

 

今、九州に移住する人が多い。

しかも、佐賀に移住する若者が増えたというのだ。

え、なぜに、佐賀!?

その理由を聞きに、実際の移住者に

会いにいってきました!

私たちがめざしたのは、佐賀県鹿島市にある漬物屋「漬蔵たぞう」

ここで福岡から移住してきた若者が働いているという。

最寄り駅は、JR長崎本線「肥前浜」駅だ。

1

駅から歩くこと、1分。

大きな漬物の樽が目印の「漬蔵たぞう」は、120年以上続く老舗。

34

涼しげな鈴の音にふと入り口を見ると、このような句が。

5

なになに、

ならづけの

風味が贈る

盆の夏

……スミマセーン、北御門(きたみかど)さんはいらっしゃいますか?

6

社長の田雑継市郎さん(左)と、移住者の北御門裕一さん(右)。

北御門さんは現在34歳。

若い層の漬物離れを案じて『百年ピクルス』を開発し、ヒットさせるなど、

移住者ならではの新しい感性を活かして活躍している。

生まれも育ちも佐世保の北御門さんが「漬蔵たぞう」で働くことになったのは、

偶然も偶然、意外な流れからだった。

「福岡の音響の専門学校卒業後、エンジニアとして働いていたんですけど、

友人が主催したアコースティックライブのPA担当としてやってきたのが、

ここ『漬蔵たぞう』だったんですよ」

当時、佐賀はあまり縁のない土地。

仲の良かった友人の実家があったことから、

ここ鹿島市になんどか足を運ぶようになり、

社長の田雑さんとも話をするように。

そのうちに田雑さん宅の裏のアパートがあいているから住んでいいよ、

といわれたのが移住のファーストステップだったとか。

福岡での慌ただしい生活に

少し疲れていた北御門さんは、家賃の安さや自然の多さに惹かれ、

新しいことを学びたい、と思うようになる。

そして「よし、農業をやろう!」 と

猫を連れて2トントラックを運転して

鹿島市にやってきた。

「しかし、頼りにしていた友人はタイに行っていて

不在だったんですけどね(笑)」

田雑さんが農業に詳しく、

酒を飲みながらアドバイスをもらううちに

「漬け物蔵をきれいにして 人が集まる場所にしよう!」

と盛り上がる。

「音楽の趣味があうこともわかったし、田雑さんがこの場所でなにかやりたい、と思っていることも知ったんです。

漬物のことも聞いて、発酵文化っていいな、と思うようにもなった。

だけどね、めちゃくちゃ散らかってたんてすよ(笑)。

いろんな道具や巨大な桶が散乱していて、幽霊屋敷のようでした」

まず、俺にできるのは掃除だろう、と

業者さんにそうじの見積もりを取ったら、数千万という驚きの数字が出てきた。

負けたくない! と北御門さんは、みずから高圧洗浄機を片手に立ち上がる。

ものを整理し、ときどき友人の力も借りて

ひたすら壁から天井から洗いまくる3ヶ月。

すると、じゃじゃーん!

こんなふうに驚くほど魅力的な空間が現れた!!

1587

今では加工所・直売所としてだけでなく、

ライブや映画の上映会会場にも解放。

映画のセレクトも、野菜の在来種についてや仏教にまつわるもの、

3.11のあとの日本を考えるものなど、ドキュメンタリーが多く、

老若男女が集まる街の文化の発信地となっている。

蔵を新しい場所としてよみがえらせた北御門さん。

次は、もっと発酵文化を伝えることを手伝いたい、と田雑さんに頼むが、

人手は十分足りていたため「知恵を貸すから商品を出しなさい」といわれる。

  • ツイートする
  • シェアする
  • pocket