ヤマザクラ
花見と言えばサクラ、それもソメイヨシノが通り相場だが、里山にもいい花が咲く。野生のサクラを見ながらしみじみと酒を酌み交わすのもいいなあと思う。
サクラはバラ科サクラ属に属する。といっても、この属にはウメやモモなども含まれるため、属をさらに細分化した「サクラ亜属」という分類がいわゆるサクラである。日本のサクラは、園芸的に作り出されたものまで含めると、300種類以上あるという。とても覚え切れそうもないが、基本になっているサクラはそれほど多くない。ヤマザクラ、オオヤマザクラ、カスミザクラ、オオシマザクラ、マメザクラ、タカネザクラ、チョウジザクラ、エドヒガン、カンヒザクラ、ミヤマザクラの10種。これらからたくさんの園芸品種が作られたのだ。ソメイヨシノはエドヒガンとオオシマザクラの雑種、コヒガンはマメザクラとエドヒガンの雑種、カワヅザクラはカンヒザクラとオオシマザクラの雑種、といった具合である。
基本の一つであるヤマザクラは里山を代表する花だ。もちろんヤマザクラが分布していない地方もあるが、その場合には別の種、たとえばオオヤマザクラが同じような景観を作り出す。ヤマザクラはソメイヨシノと違って、花と葉とが同時に開く。展開したての葉は赤みを帯びていて美しい。この時期になると、近くの里山にこんなにあったのかと驚くほどたくさんのサクラが咲いている光景に出会うことがある。関東ではソメイヨシノが終わってからヤマザクラが咲き出すが、地域によってはソメイヨシノよりも先に咲くこともあるようだ。以前に訪れた愛知県ではそれが当たり前らしい。理由はわからないが、遺伝的に均一なソメイヨシノと違って、野生のサクラには地域に適応した遺伝的な変異が大きい、ということであろうか。
里山を散策すると、根元から株別れしたヤマザクラの大木に出会うことがある。これは、里山では10数年ごとに樹木を伐採し薪炭として利用したことの名残だ。伐採されても、切り株から新しい芽を出してやがて幹に育っていく「萌芽再生(ほうがさいせい)」の結果、一本の切り株から何本もの幹が出てこのような形になったのである。ヤマザクラに限らず、コナラ、クヌギでも同じように萌芽再生したものは株立ちする。逆にいえば、切られても切られてもまた生えてくる生命力の強い木でなければ雑木林の中では生き残れないのだ。人の力に頼り切っている園芸品とは違う力強さがヤマザクラからは匂ってくるような気がする。
オオシマザクラは房総半島から伊豆半島にかけての海岸地帯でよく見られるサクラだ。もともとは伊豆諸島特産だったが、内地へ持ち込まれて野生化した、という説がある。現在では全国の公園などにも多く植えられている。オオシマザクラも花と葉とは同時に開くが、こちらの新葉は緑色なので、ヤマザクラとの違いは一目瞭然である。オオシマザクラを原種とした園芸品種を総称してサトザクラといい、ウコンザクラ、アマノカワ、フゲンゾウなどたくさんの種類が知られている。
サクラではないが4月中旬ごろに花が咲くサクラソウも見ていただこう。東京近郊ではさいたま市の荒川河川敷が有名だ。この絵は、父親の代から我が家にあった鉢植えをスケッチしたものである。
さて、百花繚乱の春になった。フィールド通いもいそがしくなる。皆さんも今度はどこへ行こうか、わくわくしているのではないだろうか。いいフィールドをたくさん知っていれば、それだけ気持ちが豊かになる。この連載がフィールド探しに少しでも役立ったとしたら、望外の幸せである。
59回にわたって続けてきた連載も、今回をもって終わりとさせていただきます。
ご愛読、ありがとうございました。
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