本誌はみ出し情報
風景の皿・はみ出し情報 風景を失うという初めての体験  旧徳山村出身・キモトアユミさんのエッセイ
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分校の最後の仲間たち、先生と。川向かいの山に登り、分校をバックに撮ってもらった。撮影/増山たづこさん

「ダムになってしまうのはさみしいね」と問われたとき、「ふるさとがなくなるのは、とてもさみしいです」と大人の期待どおりに悲しそうに答えていたけれど、いま思えばホントのところは、その非日常の中で本当の“自分の思い”はよくわからなくなっていて、どこかでお祭りのようなワクワクした気持ちさえしていました。ダムは大人たちの話であって、子供にとってはなんとなく人ごとのような感覚だったのかもしれません。

 村を離れるときも、遊び慣れた場所や友達と離ればなれになることが寂しかったのは確かです。 けれど大人たちの不安をよそに、大きな学校でたくさん友達ができるとか、それまで村では映らなかったテレビ局の番組が見られるとか、欲しいときに欲しいものが買いに行けるとか、そんなたわいもない嬉しさのほうが少しだけ大きかったような気がします。
 一方、とくにお年寄りたちは、離村後は出かける山もなく、新しい家にじっとしていることで覇気が失われ、だんだん元気がなくなっていき身体を壊す人も多くありました。働きざかりの大人たちも、新しい町の生活に慣れることや就職に苦労したようです。

 ダム建設に関してはその後も紆余曲折あり、(幸い)なかなか進まなかったこともあったので、私や家族、村の人たちは離村後も山菜採りなどでたびたび村を訪れています。
 家のないただの野原になり、人の生活の形跡を飲み込むように繁殖する植物の力強さに圧倒されつつも、風景を失うことのリアリティはだんだんと薄れていったような気がします。反面、私はどんどん大人になり、郷愁の思いというのか、原風景への愛着のほうはどんどん強くなるのでした。

 いま、とうとうタイムリミットが近づいてきています。  今年10月から試験的に水を溜めるらしく、夏の終りには村に入れなくなるのではないかといわれています。  原風景が消えてしまう、というのは、じつは誰にでもどこにでもあることだとよくわかっているけれど、それが自分自身にも、じわじわと迫ってきました。
 あの村での時間が自分に与えた影響をいまさら痛感しつつ、「村の最後の子供世代」は何を未来につなげられるのか? そんなことも自問しつつ、残されたわずかな時間を後悔しないようにと何度も足を運んでいます。最後の経過を見届けながら、そこにたくさん隠れている(身体の記憶を含めた)大切なものを全身で吸い込もうと、悪あがきをしているこのごろです。

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沢の源流部には雪渓があった。まるで洞窟のよう。
 

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村の一番高い所に神社があった。石段だけが残っていて、歩くと当時の情景がイメージの中で再生される。

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徳山ダム建設審議会が1997年にダム推進の答申を出したあとから、どんどん形ができていった。周囲の山の土・砂・岩を利用して築造される「ロックフィルダム」という形式のものらしい。山深い風景に突如現れる、この巨大な建造物と対面すると、見てはいけないものを見てしまったような不思議な気持ちになる。

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そこらじゅうにかわいらしいアケビの花がたくさん咲いていて、とてもきれいだった。秋には実がいっぱいになるのだろうが…。

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分校の運動場だった場所。学校の裏山に粘土のような土が出て遊びに使っていたことを思い出し、少し持ち帰ることにした。これまで草木に覆われて見つけられなかったのに、工事のおかげで表に出てきた。重機のあるあたりは友達の家があったところ。

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したたり落ちる雪どけ水は、ものすごく冷たくておいしかった。
文/キモトアユミ 撮影/蜂須賀公之
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