■信濃川の土手
歩くといえばもの心つく前から歩いていた。
小学校の6年間毎日、約6km歩いていた。通学のためだ。新潟の田舎にある僕の実家からは約3km離れたところに小学校があった。片道ちょうど1時間かかった。さすがに小学校に入学して初めて登校した時は猛烈に疲れたのを覚えている。家に帰ってくるなり遊ぶ体力も気力も無く、フトンに包まって寝た。暗くなるまで遊んでいたこどもが学校から帰ってくるなりフトンにくるまって寝ているものだから、病気を患ったかと親に心配された記憶がある。しかし、そんな疲れは一週間もすると全く感じなくなっていた。歩くことに慣れたのだと思う。
いま、思えばよくもまあ同じ道を6年間も歩いたなあと感心する。
通学路は日本の大河、信濃川の土手沿いにあった。ときには田んぼの中を通り、ラブホテルの前や、広い神社の前を通ったり、なかなか小学生にとっては退屈しない、優れたコースだった。先生は信濃川には近づくなと僕らに目くじらを立てたが、お構いなしに土手に登った。土手に上ると一気に眺望がひらけ、季節を感じる風が頬をなでて爽快だった。遠くには新潟県を代表する粟ヶ岳や守門岳がそびえたち、山の向こうの世界を想像するのが好きだった。小さいときは山の向こうはすぐに海だと真面目に信じていたっけなあ。数100kmも南から水を運んできた信濃川が悠々と足元を流れていた。この水の一滴はどこから流れてきたのか想像するのもすきだった。流木が流れてくれば足元の小石を投げつけ、あてっこ競争をした。そんなこんなで、毎日6キロを歩くことはイヤではなかった。毎年、毎季節、毎日、色々な発見がそこには待ち構えていたので疲れなんか感じず、楽しく歩くことができた。
いま思うと歩いているときはいろんなことを考えていたぁ。
登校時は昼休みなにして遊ぼうかとか、下校時には1日の出来事を思い起こしながら歩いた。好きな女の子と席が隣になったときなどはニタニタいろいろ考えながら歩いたし、先生に叱られたときなどは頭の中を真っ白にしてリフレッシュしながら歩いた。いまでもそうだが歩くということは頭の中を自由にできることだと思う。物事を深く考えることだってできるし、すべてをリセットすることだってできる。あのころ自然と学んだ歩くことの良さっていうものを今でも実感できるし、実践している。僕の人生を変えたというよりは、僕の人生の基盤となっている道。それは小学校の通学路だ。
さて、締め切りの原稿を書かなきゃ。とりあえず、近くを歩いて頭の中を整理してこよう。 |
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