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廃校に命を吹き込む(1)
『森の巣箱』の階段。黒光りしていい雰囲気です。
 廃校の玄関をくぐるとき、誰でもちょっと緊張するものだそうです。でも、その背中のこわばりは、どこか見覚えのある長い廊下や教室の窓を見たとたんに解け、どこか懐かしく、ほのぼのとした気持ちに変わります。
 自分が育った学校でもないのに、なぜこんな感情が湧きあがるのか。
 それは、学校に通う10歳前後の時期は、最も感受性が強い年齢だからだと思います。学校時代の記憶は誰の人生においても鮮明で、甘酸っぱい余韻を持っているものです。まして廃校が自分の学び舎となれば、その思いもひとしおでしょう。母校が廃校(閉校)になると決まったときに湧き起こるのが、取り壊さず、なんとか保存できないだろうかという声です。廃校の中でも、建てた年代の古い木造校舎ほど、地元の人たちの思い出が詰まっているようです。

 たとえば、高知県葉山村の農村交流施設『森の巣箱』は、旧校名を「床鍋小学校」といいます。床鍋小は、昭和25年に開校した山の小さな学校ですが、この校舎を建てるときに使われた材木は、すべて地元の人たちから寄付されたものでした。
 木造校舎時代の日本は、教育環境に少なからず地域間格差がありました。地元の人たちが土地や建材、あるいは労働力を提供して作り上げた校舎は、将来を担う子供たちに質のよい教育を受けさせたいという地方の願いであり、自治の原点でした。学校で行なわれる運動会、発表会などの学校行事は、住民の心をひとつにする役割も担ってきました。

 床鍋小学校は昭和58年に児童数が8人に減少、閉校を余儀なくされます。
 残った校舎をどうすべきか。愛着のある建物だけに、残して欲しいという声がたくさん出たそうです。しかし、年々老朽化していく木造校舎の維持管理にはたくさんのお金がかかります。保存と活用が両立する現実的なアイデアがなかなか浮かばないため、取り壊しやむなし、という意見も出始めました。

 閉ざされた山村では、創造力も生まれないのか──。そんな寂しい思いに駆られながらも、一部の人たちは粘り強く活用案を模索、県の「集落再生パイロット事業」というソフト事業に目をつけました。外部のアドバイザーの声に耳を傾け、またワークショップの技法を採りいれ、地域の資源や将来像を住民主体で探りました。

  廃校に命を吹き込む(2)>>
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