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ヴォルデン紀行 by公郷 陲イ

photo by 公郷 雋



 
コンコード駅。典型的な、郊外の小さな町の駅という風情。
 私がコンコードを訪ねたのは、2002年10月6日、日曜日のことでした。

 ウォールデン池のあるコンコードの町は、ボストンから郊外電車で西に40分ほどのところにあります。

 まず、ボストン始発の駅に着いて驚きました。「北駅」なんていう仰々しい名前が付いていたので、パリの北駅のような巨大な駅を予想していたのですが、なんというちっぽけな……。

 切符売り場は、ほとんどラーメン屋の行列状態。出発時間が迫っているにもかかわらず、のんびり定期を買ってる人なんかもいて、乗り遅れるんじゃないかと内心ハラハラです。それほど本数が少ないのです。

 さて、運よく(?)切符を買うことができ、電車に乗り込みました。おそらくは通勤のための路線なのでしょう、日曜ということでガラガラでした。

 発車してしばらくすると、検札が回ってきましたが、驚いたことに、その場で切符が回収されました。まさか全乗客の行き先を覚えてはいないでしょうから、目的地までの金額をちゃんと払わない輩(やから)がいてもおかしくなさそうです。

 電車は、特に見事というわけではない郊外の風景の中を、のんびりと進んでいきます。そしてコンコードに到着。観光地とはいえ、降りる乗客はわずかです。普通のアメリカ人は、当然クルマで訪れるのでしょう。


 町の中心部が駅から離れているため、コンコードの駅前は、花屋とピザ屋、カフェがある程度で、実に殺風景でした。

 タクシーすら一台も見あたらないので(そもそも乗る気はありませんでしたが)、歩いて中心部へと向かいます。メインストリートと思しき道が延びていて、左右には、豪勢ではないけれど、趣味のいい家が並んでいます。実に住みやすそうな町、という印象です。

 15分ほど歩き続けて、ほんとにこの道でいいのかな? と疑心暗鬼に思い始めたころ、ようやく中心部らしい家並みが見えてきました。高い建物はほとんどなく、やっぱり田舎町なんだなあ、とつくづく感じました。

 観光案内所があったので、さっそく地図をもらいに入りました。おだやかそうな年輩の女性がひとり、ていねいに応対してくれました。地図は実際には有料でしたが、ほかにもソロー関連のパンフレットがいろいろ揃っていました。

 「どちらから?」と聞かれたので、「日本です」と答えたところ、さほど驚いた様子もなく、「ときどき日本の観光客の方もいらっしゃいますのよ」とのこと。ところが、私が「ソローの暮らしたウォールデン池を訪ねてきたんです」と言った途端、急に表情が輝き、いろいろソローについて話を聞かせてくれました。普通の日本人観光客は、独立戦争の史跡「ノース・ブリッジ」か、名作『若草物語』のオルコットのからみでコンコードを訪れるので、ソローを知らない人も多いようなのです。
町の中心部にほど近い、コンコードの家並み。 アメリカがイギリスからの独立を実現させた戦争は、このノース・ブリッジから始まりました。 ここで激戦があったとは到底思えないほどの、のんびりした風情。


どっちへ進めばいいのでしょうか?
このまま進むには勇気がいります。
 さて、いよいよウォールデン池へと出発です。町の中心部からは2キロほど。10月あたまにしてはポカポカと暖かい陽気だったので、気分よく歩けそうです。歩き始めてしばらくすると、市街は途切れ、広い畑が目の前に現れました。

 この「ウォールデン街道」は、目だったアップダウンがなく、左右にところどころ林を従えて、南東に延びています。ソローもここを歩いたのかと思うと、感慨もひとしおです。

 20分ほど歩いたころ、片道4車線はある、かなり交通量の多い大通りと交差しました。初めて見る信号です。どうやらこの通りを渡った右側が、待望のウォールデン池のようでした。

 大通りを渡って5分ほど歩くと、森に向かって続く小道があり、看板が立っていました。「右・ソローのキャビン跡」。さあ、いよいよ核心に近づいてきたようです。思わず足取りも軽くなります。


復元された、ソローの森の家。
ソローの銅像も立っています。
テーブルの上には雑記帳が。
 ところが、2〜3分進んだところで道がいきなり細くなり、おまけに二股に分かれているではありませんか。これはマズイぞ、こんなところで道に迷ったら、助けもこないに違いない……というのは大げさですが、無意味に時間をロスしたくないので、地図的にはやや遠回りになる「正面入口」を目指すことにしました。

 ソローのキャビン跡は池の北西、正面入口は池の反対側の東端近くです。ひたすら歩くこと約10分、ようやく到着しました。すると……いやはや、観光客の多いこと! 社会科見学(?)の子どもたちの団体もいて、かなりの賑わいです。

 彼らのお目当ては、ウォールデン池そのものというより、入口の近くに復元されたソローの森の家です。この復元版は、実によくできていて、実際のサイズに基づいて作られ、レプリカの机も「コンコード・ミュージアム」に飾ってある実物にそっくり。なるほど、ソローはほんとに質素でこぢんまりした空間に住んでいたんだなあ、と実感できました。


  細かく書かれた家具の説明。
 
入口に飾ってあった、古いウォールデン池の写真。昔から格好の遊泳場だったことがわかります。



 さて、なだらかな坂を下ると、ついにウォールデン池が見えてきました。池のほとりには観光客がちらほら。中には泳いでいる人もいました。湖と呼ぶには狭く、池と呼ぶには広い、といった印象でしょうか。

 池の北側を回ってソローのキャビン跡へ向かいます。ややアップダウンのある遊歩道が付いていて、ところどころに湖面の輝きが垣間見られます。みんなのんびりとボートを漕ぎ、平和そのものの空間を楽しんでいるようでした。私が訪れる一年ほど前に受けた「9.11同時多発テロ」の衝撃を感じさせるものは、ここには微塵もありません。

 ホタテ貝のような形の入り江が見えてきました。『ウォールデン』にも描かれている、ソローの森の家に一番近い入り江でしょう。池のほとりから坂を上がり切ると、石組みがありました。ここが、ソローの家の跡です。彼が暮らした150年以上昔とさほど変わらないであろう、凛とした静謐な雰囲気に、今も包まれていました。
正面入口に一番近い辺りのウォールデン池。 池のほとりに沿って進むか、やや小高い遊歩道を進むか。私は後者を選択。  
  ソローが暮らした家から坂を下ると、この入り江に出ります。ソローは『ウォールデン』の中で、池の水位の上下を詳細に語っていますが、今は、おそらく水が少ない時期でしょう。 ソローが暮らした森の家の跡。
ソローの森の家の説明版。上の写真は1941年7月12日に撮影された、とあります。   家の跡の立て看板には、『ウォールデン』の一節が。    



 それにしても……ソローの家の跡がなければ、森のこの辺りを訪れる観光客はほとんどいないでしょう。ましてや160年前となれば、ここに暮らすということは、絶望的なまでの「独り」ではなかったでしょうか。

 『ウォールデン』の15章でソローは、ここを訪れたひとりの男が、「いったいなんだって、ここに住んでいるんです?」と驚きの質問を投げかける様子を綴っていますが、それもむべなるかな、です。

 『ウォールデン』の初版が刊行されたのは、ちょうど150年前のこと。その中で、いち早くソローは、物質文明に魂を奪われたアメリカの上流階級に鋭い批判の矢を投げかけています。

 また、その一方でソローは、アメリカという若い国の可能性も信じていて、「他国を侵略するなどという愚挙は犯さない国である」とも書いています。ブッシュ大統領は『ウォールデン』を読んだことがないのでしょうか?

 美しい池、豊かな森、そしてやさしき動物たち……ソローが暮らしたコンコードの町、そしてウォールデン池を訪ねて、『ウォールデン 森の生活』の素晴らしき世界を、より感慨深く味わえるようになりました。まさに、人生最良のワン・デイ・トリップでした。
  ソローの家のそばのマツ。


静謐な空間が安らぎを与えてくれました。




コーナートップへ立ち読み今泉吉晴氏プロフィール本書のこだわりウォールデン紀行

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